コーエン兄弟がマイケル・シェイボンの"The Yiddish Policemen's Union"を映画化

"No Country for Old Men"が楽しみなコーエン兄弟マイケル・シェイボンの"The Yiddish Policemen's Union"asin:0007149824いうニュース。
原作はユダヤ人がアラスカに入植地を作る云々という背景設定をニュースで目にし、奇を衒っている感じがしてスルーしていたが、記事を読むと非常に面白そう。


The movie is set to be a noir thriller in the vein of Miller's Crossing. However, this is also an Alaska with a twist, as in the original book the state has been turned into a homeland for Jewish refugees displaced after the second world war, following the collapse of Israel. Decades later, the US government is considering displacing the Jewish settlers to return the land to Alaskan natives.
つまり、wikipediaのエントリも参照しながら書くと──
(以下、背景設定を書くのでネタバレが嫌な人は読まないように)

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Alistair Horne "A Savage War of Peace"って翻訳出てるのか!

(あまりに説明が投げやりだったのでちょっと追記した。)
しかしふざけたタイトルだな、『サハラの砂、オーレスの石―アルジェリア独立革命史』ASIN:4807494163、内容にも原題にも即してないだろって思ったら、出してるのは第三書館か。ひどいな。別に訳がしっかりしていればどこが出そうと問題はないんだが、出版社とタイトルで内容が勘違いされているとすれば不幸な話である。いや、こんな本を買う人間は当然事情は分かってるのかな? まあいい。
アリステア・ホーン(1925-)は近現代フランスが専門のイギリス人歴史家。軍事に明るく、普仏戦争パリ・コミューン*1第一次世界大戦のヴェルダン*2ナチスドイツの手によるパリ陥落*3をそれぞれ描いた〈フランス三部作〉、モントゴメリーの伝記などの著書がある。ウィリアム・バックリーJr.と友人で、これまた友人であるハロルド・マクミランの伝記を書き、今はヘンリー・キッシンジャーの公式伝記を執筆中ということだから、保守だろう。
77年に出版された"A Savage War of Peace"asin:1590172183アルジェリア戦争史の決定版、古典として広く認められている。まさにキプリングの"White Man's Burden"からとられた題名通りの内容であり、邦訳のようなセンチメンタルさは微塵もない。各陣営の扱いは公平であると思われたが、おそらく資料の関係からフランスの記述のほうが詳細であり、“アルジェリア独立革命史”であるとは言いがたい。出版社からの紹介にあるような「民族解放戦争を『自由・平等・博愛の国』フランスを相手に八年間闘い続け、勝利するまでを全面的に記録した大著」ではない(ああ、もちろんアルジェリア戦争アルジェリア独立革命でもあるから、後者であると主張したければできる)。
同書はイラク戦争開始後、counterinsurgency(≒対ゲリラ戦)を理解するための本として米軍指揮官のあいだで読まれはじめた*4。また、キッシンジャーブッシュ大統領に薦めたりしたこともあり、2006年にNew York Review of Booksから再発されている。

*1:"The Fall of Paris: The Siege and the Commune, 1870-1"asin:0141030631

*2:"The Price of Glory: Verdun 1916"asin:0140170413

*3:"To Lose a Battle: France 1940"asin:0141030658

*4:"Alistair Horne's A Savage War of Peace, has been an underground bestseller among U.S. military officers over the last three years, with used copies selling on Amazon.com for $150", Thomas Ricks "Aftershock";同様の理由から映画『アルジェの戦い』もよく観られた。

リベラルと保守の道徳

macskaさんのエントリ「わたしは左翼であるのかないのか、あるいは経済学をこのブログで取り上げる理由」にコメントしたのをコピーして、ちょっと追記しておく。コンテクストは元エントリを参照。英語部分は適当に訳しておいた。


 はじめまして。ブクマで思わせぶりなコメントなんかしてすみません。

 レイコフは自分も読んだのは”Moral Politics”(邦訳『比喩によるモラルと政治』)だけです。政治関係の他の民主党応援本みたいなの?は読んでません。
“Moral Politics”は、なぜリベラルと保守派は話が通じないか、またmacskaさんが文中で述べている「政策セット」のようなものが形成されるのはなぜかという疑問に対して1つの解答を与えていて、なかなか印象的でした。
 ハイトのほうはNYTの記事“Is ‘Do Unto Others’ Written Into Our Genes?”で読んだのですが、彼も同じ問題に取り組んでいるようです。最近ピンカーが書いたエッセイ"The Moral Instinct"でも採りあげられていたので、ひょっとしたらmacskaさんの話もこれかなと思ったのです。


 大学院生のジェシー・グレアムと共同研究をおこなったハイトは、道徳と関連した顕著な政治的特質を発見した。ハイトとグレアムはまず調査対象にリベラル-保守の軸のどこに位置するか確認したあと、5つの道徳システムそれぞれをどれだけ重視するか評価する調査票を埋めてもらった。(「道徳的基礎についての質問」と名付けられたこのテストはYourMorals.orgにてオンラインで受けられる。)

 彼らが発見したのは、リベラルを自称する人々は、個人を守る2つの道徳システム(人に危害を加えない、自分がしてもらいたいことを他人にする*1)を非常に重視することである。だが、リベラルは集団を保護する3つの道徳システム(忠誠、権威の尊重、純潔*2)はそれほど重視しない。
 
 保守は5つすべての道徳システムに価値を置くが、個人を守る道徳をリベラルほど重視しない。

 リベラルと保守の不一致の多くは、それぞれが5つの道徳的カテゴリーに置く強調の相違を反映しているとハイト博士は考えている。

 目次とか公式ページとかをごく大雑把にみたかぎり、”The Happiness Hypothesis”ではこのことは書いてないようです。記事のこの部分のもとになっているのは“When Morality Opposes Justice: Conservatives Have Moral Intuitions that Liberals may not Recognize”(.pdf)でしょう。

 レイコフの家族メタファーは他の学問領域の知見と接続するのが困難ですが、ハイトの理論は本人も記事中で素描しているようにいろいろ発展性がありそうで期待しています。


 道徳システムによって提供された結合を強化し、拡張することによって、宗教は人間の進化に重要な役割を果たしたとハイトは考えている。「われわれが宗教的な心を持っていなかったら、大きな集団への移行を始めることはなかっただろう」とハイトは言う。「移動生活をする小さなバンドにとどまっていたかもしれない」

 彼の考えでは、宗教的行動は自然選択の結果であり、初期の人間集団が競争しあうなかで形成されたという。「成員をお互いに結びつける方法を見つけ出した集団はよりいい結果を得た」とハイトは言う。

 ここは個人的に非常に興味深かったです。
レイコフについてはid:Apemanさんの「認知科学と倫理」を参照。この理論を知ったときは感動したものだ。ただ、コメントには「他の学問領域の知見と接続するのが困難」と書いたが、ここからどう進んでいけばいいのか途方に暮れるというか、認知意味論についてもっと知らなきゃなあ的な感じになってしまって、あんまり個人的には発展しなかった。以降研究が進んでいるのかもわからない。
ジョナサン・ハイトのほうは研究がまだそれほど進んでいるとは言えないのでこれからに期待だが、こういう進化論的枠組みのほうがいろんな方面に繋げやすいというのはある。ピンカーもハイトには注目しているようなのでまた彼がやってくれるんじゃないか。
まあ、レイコフとハイトのはレイヤーの違う話なので、どっちかを選ばなきゃならないということはない。これはmacskaさんの元エントリにApemanさんがつけたコメントが示唆的。
追記。
macskaさんは左翼の非束縛的価値観に対する解毒剤として経済学を挙げているけど、自分はプロパーな経済学はほとんど知らない。自分にとってなにが「経済学」にあたるかといえば、進化論(および、そこから帰結する人間の本性についての考え)だろう。ただ言うまでもなく、ここでいう経済学と進化論は相当重複するところはあるけど。
ピーター・シンガー『現実的な左翼に進化する』ASIN:4105423053(原題"A Darwinian Left")って本もあった。このへんの話はやる気があったら後日。

*1:後者はいいかえれば「公正さ」。

*2:purity。「純潔」だとコノテーションが狭すぎるかもしれない。

いろいろ翻訳されてた

ブログで簡単に紹介した本がいろいろ翻訳されていたのでリストアップしておく。

George Packer "The Assassins' Gate"の翻訳。前にファリード・ザカリアの書評を訳した。イラク戦争を直接扱ったものとして、現時点ではたぶんもっとも高く評価されている本だろう。

出たのはだいぶ前だけど。トニー・ジャット「20世紀ヨーロッパの10冊」に挙げていた本。はっきり言ってかなりニッチな本なので、本屋で見かけたとき驚いた。値段も内容を考えれば異様に安いといっていい。

「ジェノサイド研究と2つの実験」で簡単に触れた"Hitler's Willing Executioners"の翻訳。興味なし。そもそもエントリに書いたように、権威あるホロコースト(あるいはナチスドイツ)学者が褒めているのを見たことがないんだが……
いや思い出した。『人種主義国家ドイツ』ASIN:4887082703、たぶん著名だといえる学者のヴォルフガング・ヴィッパーマンは『ドイツ戦争責任論争』ASIN:4624111753ドハーゲンを称賛している。が、ゴールドハーゲンはナチスの罪を相対化しようとしている連中に痛烈な一撃を加えたからよい、みたいなまったくくだらない話だった。

「悪漢と密偵」で知った。みすず書房最高! 上巻は2月発売予定だが、公式ページには出てないので遅れるのか? 
みすず書房から同じく今月に発売される予定のロバート・ジェラテリー『ヒトラーを支持したドイツ国民』(Robert Gellately "Backing Hitler")も世評の高い本。

Philip Zimbardo "The Lucifer Effect"ISBN:0812974441

スタンフォード監獄実験(参照)を行った心理学者フィリップ・ジンバードの著書。ジンバードが実験について総括的な本を書くのは本書がはじめて。だいたい本の前半分が監獄実験の詳細な経過を綴ったもので、後半分が実験の帰結といったところ。よくできた公式サイトもある。
実験があんな結果に終わったので、実験主任は大学から追放されたりしたんじゃないかとか漠然と思っていたが、ジンバードはアメリカ心理学協会の会長になるなど順調なキャリアを送ったようである。
ジンバードの執筆動機の1つとして、アブグレイブでの虐待・拷問と、事件の被告の1人のために専門家証人として証言したことがあるそうだ。ジンバードは虐待を可能にした状況を作った軍上層部の責任について述べたが、そうした意見はまったく容れられず、被告ら「腐ったリンゴ」個々人のみの責任とされたうえで判決が下されたことに失望と怒りを感じたという。
公式サイトにある本の概要から少し引用すると──


 『ルシファー・エフェクト』は人間の本性の性質について、根本的な疑問を提起する。平凡かつ人並みで、善人とすらいえる人々が悪の担い手と化すことが、どのようにして可能となるのか? 異例で常軌を逸した行動を理解しようとするさい、われわれは遺伝子や個性、性格のような内的な決定因にのみ注目するという誤りをしばしば冒す一方、行動の変化を引き起こす決定的な触媒となりうる外的な状況や、そのような状況を作りだし維持するシステムを無視しがちである。

 [...](実験について詳述したあと)スタンフォード監獄実験の教訓とメッセージの要点を述べるとともに、その倫理と広がりについて考える。つぎに、状況の力は一般に見積もられるより強力であり、個々人の性質を抑え込むこともあるという主張を確証するような、様々な学問領域の概念的貢献や研究結果を考察する。加えて、順応、権威への服従、ロールプレイング、非人間化、脱個人化、道徳的離脱などの古典的研究と最新の研究について概説する。

"The Lucifer Effect"って名前はどうかと思うが、スタンフォード監獄実験(とセットで語られるミルグラムの実験、本書に記述あり)については詳しく知りたかったので、ペーパーバックが出たら買うだろう。