2007年の十冊
3ヶ月も放置してしまったが、あけましておめでとうございます。一応、2007年に読んだ本のなかから10冊選んで、簡単に感想を書いておきます。
プリーモ・レーヴィ『休戦』ASIN:4022572825
友人にレーヴィをついに薦めることができ、いい機会なので自分も未読の本書を読むことにした。
レーヴィが赤軍によってアウシュヴィッツから解放されてから、ベラルーシ、ウクライナ、ルーマニア、ハンガリー、オーストリア、ドイツを経て、イタリアに帰るまでを描く。この強いられた長い回り道の途上、数々の個性的な人物と道連れとなり、レーヴィは徐々に精神を回復していく。
『アウシュヴィッツは終わらない』とはかなり雰囲気が違い、奇妙な幸福感のある語りなので、ちょっと驚いたが、やはりレーヴィは変わることなく最高だった。
本書を読むと、そのあまりのふところの深さに赤軍が好きにならざるをえないので、解毒用にビーヴァー『ベルリン陥落』も読むとよい。
あと、本書でレーヴィがいつか語ると約束していた「チェーザレの帰還」を含む短編集『リリス』も英語*1で読んだ。チェーザレはたしかに飛行機で凱旋帰還していた! すぐ空港で逮捕されてたが……
Tony Judt, "Postwar: A History of Europe Since 1945"ISBN:0143037757
戦後ヨーロッパ(政治)史を主題にした1000ページ近い大著。ジャットはもともとフランス知識人の研究者なので、本書でも思想と政治の関係(戦後ヨーロッパなので対立軸は基本的に共産主義)を描写するときに特別なバランス感覚と鋭さをみせる。その意味で"Culture Wars"(50年代のfellow travellersとdissidentsの対立)と"The Power of the Powerless"(もちろん80年代の東ヨーロッパ)の2章が特にすばらしかった。
Mark Mazower, "Dark Continent: Europe's Twentieth Century"ISBN:067975704X
これは20世紀(第一次世界大戦からソ連崩壊までの「短い世紀」)のヨーロッパ史における3つの政治システム(ファシズム、コミュニズム、リベラル・デモクラシー)の闘争が主題。
"Postwar"の謝辞で挙げられていたのでチェックしてみたら、目次からして傑作の予感がして購入。期待に違わぬすばらしさだった。バルカン史が専門のマゾワーは戦間期−第二次世界大戦の叙述にとりわけ優れている。第二章"Empires, Nations, Minorities"には唸らされた。
Trita Parsi, "Treacherous Alliance: The Secret Dealings of Israel, Iran, and the United States"ASIN:0300120575
イラン、イスラエル、アメリカ三国の関係(主に前二者)を扱ったイラン系アメリカ人学者の初の著書。シュロモ・ベン=アミ、ブレジンスキ、ミアシャイマー、フランシス・フクヤマら、共通点の少なそうな面々がこぞって賛辞を寄せているうえ、イランとイスラエルの関係については前から気になっていたので読んだ。
イデオロギーが最大のファクターであると思われがちな二国の関係だが、地政学的なパワー・バランスが関係の決定要因であるというのが本書の基本的な主張(例えば、そうでなければ、イラン革命後の80年代、イスラエルが合衆国にイランとの関係改善をアメリカに何度も働きかけ、イラン-コントラゲートで仲介役を務めたことを説明できない)。
主題はタイムリーだし、類似した本はほとんどないので学ぶことが多かった。
Rory Stewart, "The Prince of the Marshes: And Other Occupational Hazards of a Year in Iraq"ISBN:0156032791
内容と著者については前のエントリ参照。
Margaret MacMillan, "Paris 1919: Six Months That Changed the World"ISBN:0375760520
『ピースメイカーズ』(上、下)というタイトルで邦訳されているが、翻訳はあまりよくない。第一次世界大戦後のパリ講和会議を包括的に描いており、少々人間ドラマ寄りすぎるきらいはあるが、非常に勉強になった。
Robert Paxton, "The Anatomy of Fascism"ISBN:1400033918
ヴィシー政権についてエポック・メイキングな著作をものしたパクストンによる「ファシズムとは何か」。ファシズム論で陥りがちな不毛な起源探しをあっさり回避したすばらしい内容。しかも短い! 文献案内も便利。
Gershom Gorenberg, "The Accidental Empire: Israel And the Birth of the Settlements, 1967-1977"ISBN:0805082417
六日戦争後から占領地入植、労働党支配体制の崩壊と右派リクードの政権奪取までを描く。いい本だったが、ちょっと細かすぎるか。
Pankaj Mishra, "Temptations of the West: How to Be Modern in India, Pakistan, Tibet, and Beyond"ISBN:0312426410
著者はインド出身の小説家。マーティン・エイミスのくだらない"The age of horrorism"への応答(マーティン・エイミスに説教されるぐらい腹立たしいことはない)、"The politics of paranoia"を読んだころから気になっていた。
インド、パキスタン、カシミール、アフガニスタン、ネパール、チベットを旅しながら、偏りを排した歴史的説明と、旅行記/ジャーナリズムのハイブリッド的スタイルで各地の苦境を描き出す。
Amazonの書評でロバート・カプラン『バルカンの亡霊たち』(名著)と並べている人がいるが、うまい比較だと思う。ただカプランがレイシズム寸前(あるいはど真ん中)なのに対し、マイシュラはもっと抑制が利いている。
John J. Mearsheimer, Stephen M. Walt, "The Israel Lobby and U.S. Foreign Policy"ISBN:0374177724
最後は例のイスラエル・ロビー本で。これは書評をちゃんと書きたかったんだが、前提知識をどこにおいて、どこまで説明するのかで、大変な労力が要りそうだったのでさじを投げた。
ブックマークに主だった書評が集めてある。
*1:"Moments of Reprieve"ASIN:0141183896。正確に言うと短編集のなかのホロコースト関連の短編だけをまとめたもの。