ジェノサイド研究と2つの実験

スタンフォード監獄実験(SPE)やミルグラム実験をなぜ詳しく知りたいかと言えば、この2つの実験がジェノサイド研究において重要だからである。
そもそもミルグラム実験は、アドルフ・アイヒマンの裁判にインスピレーションを得て考えつかれたものだった。また、ハンナ・アーレントイェルサレムアイヒマンISBN:4622020092な憤激を巻き起こしたのは、アイヒマンを邪悪なモンスターとして描かなかったことが理由の1つとして挙げられている。*1
ほかには、ロバート・ブラウニング『普通の人びと』ISBN:4480857567、ダニエル・ゴールドハーゲン "Hitler's Willing Executioners"(『ヒトラーの自発的死刑執行人』)ASIN:0679772685った、いわゆる「ゴールドハーゲン論争」でも、私見では2つの実験に関連した人間観の相違に論争の中心がある。
ブラウニングは普通のドイツ人がなぜ虐殺を行ったのかという問いを立て、説明の道具の1つとして、上述の2つの実験を用いた。ブラウニングへの返答を一部意図して書かれたゴールドハーゲンの上掲書は、ドイツ人は(少なくともユダヤ人問題に関しては)「普通の人びと」ではなかったことを論証しようとした本だといえる。ドイツ人は特別に悪性の反ユダヤ主義("eliminationist anti-Semitism")に取り憑かれており、自ら進んでユダヤ人殺しに参加したのだ、ということらしい。*2
大量虐殺のような最大級に邪悪な行いをした人間や集団は、やはり(内在的に)邪悪でなくてはならないという考えは強力である。また、状況の力を強調することは、主体としての道徳的決定の重要さを低め、加害者の責任を減じるように感じられ、加害者と被害者のくっきりとしたコントラストをぼやけさせる。
ホロコーストの受容の歴史を振り返ると、こうした考えの強さを見てとることができる。学問的水準が相当低くても「道徳的明晰さ」ゆえに絶賛され、広く人気を得たホロコーストの本はいくつもある。*3 "Hitler's Willing Executioners"についても、New York Timesの書評で「道徳的パースペクティヴ」と「道徳的に容赦ない分析」が称賛されている。ゴールドハーゲンの本は一級のホロコースト学者たちからは軒並み批判されたが、各新聞の書評では絶賛され、ベストセラーになった。
だが、ジェノサイドのような極限状況において、状況の力が個々人の行為の決定因として占める割合は通常よりはるかに大きいことは確かであり、内的な要因の過大視はいびつな結論をしばしば導いてしまう。ゴールドハーゲンの説はその典型といってもいい。
ただ、非常に漠然としたかたちで「状況の力」を強調すれば、たしかに相対主義に陥る危険はある。持ち出されるのがミルグラム実験とSPEだけというのはたしかに不十分だ。関連する研究も進んでいるはずだと思うので、そのあたりを勉強したい。

*1:もう一つ大きな理由はユダヤ人犠牲者の扱いである。ユダヤ人全般の虐殺に対する“受動的態度”、また各地のゲットーのユダヤ人指導者たち(ユダヤ人評議会)がナチに“協力”したという主張など。

*2:自分はゴールドハーゲンの本を読んでいない。論争の概略と書評をいくつか読んだだけである。

*3:例えばノラ・レヴィンやルーシー・ダヴィヴィッツら。