ティム・スパイサーの世界

代表的な民間軍事会社サンドライン*1の元CEOで、現在別の民間軍事会社イージス・ディフェンス・サーヴィス(Aegis Defence Services)のCEOであるティム・スパイサーの名が、再びニュースに浮上してきた。
Sunday Telegraphの記事によると、イージスと関係があるとされるサイト*2に、民間軍事会社社員がイラクの民間人の車を射撃しているビデオがアップされていたという。この関係サイトとイージス社の関係はいまひとつ不明。サイトはイージス社の所有ではなく、「カンパニー(中隊/社)の心と魂である戦場の男たち」*3が所有していると書かれている。
ビデオはバグダッドの西部や、空港に続く道で、車の後部座席に後ろに向けて設置されたカメラから撮影されたもの。車は道路を走りながら、近づいてくる乗用車に向けて銃を発射している。1台の車が銃撃を受け、ハンドル操作を誤り駐車していた別の車に激突しているシーンもある。標的がかなり遠いのと、画面サイズが小さいため、被害状況はわからない。射撃者の素性がわかる映像はないが、スコットランドアイリッシュ訛りの英語が聞きとれるらしい。
イージスは従業員が関係しているか内部調査を行うと発表。英外務省も調査するという。イージスを使っている米軍も事実関係を確かめるとしている。

この事件自体はどう落着するかまだわからないが、前々から「おいおい、スパイサーなんか雇うのかよ」って声はあった。その理由は……ってことで他ならぬ『戦争請負会社』ISBN:4140810106の記事。2004年7月15日付けのNew York Timesから。


"Nation Builders and Low Bidders in Iraq"
 ピーター・シンガー

 アブグレイブ刑務所の虐待から、ファルージャでのアメリカ人の死体損壊にいたるまで、イラク占領における最悪の時期の多くにペンタゴンによって「アウトソーシング」された民間軍事請負業者が関係している。公的機関や議会の監視のないまま、ペンタゴンは最大2万人の被雇用者に何十億ドルと支払って、兵站、治安部隊の訓練、輸送車輌の護衛、尋問に及ぶ軍務を実行させている。そのうえ、超過請求の問題が広く非難を呼んでいるにもかかわらず、ペンタゴン文民指導者層はこうした経験全体から何一つ学んでいない。

 先月、国防総省はセキュリティ支援の連携業務に関して、2億9300万ドルの契約をイージス・ディフェンス・サーヴィスという名の英国企業と結んだ。この巨大な契約には2つの側面がある。まず、イラクで活動している50以上の民間セキュリティ会社の連携と管理の中枢として、イージスは機能する。また、イージスは、それぞれ8名の武装した民間人で構成される「近接警護チーム」を最大75組まで自ら提供し、米プロジェクト管理局(United States Project Management Office)のスタッフを守る。

 この契約は「するべきでないこと」のケーススタディといえる。第一に、軍事アウトソーシングの中心的問題となっているのは、政府サイドにおける連携、監視、管理の欠如である。ゆえに、この問題そのものを別の民間会社にアウトソーシングするなど、カフカそこのけの不条理といえよう。それに加え、これら軍事会社を公的な監視のさらに外側に置く結果となる。

 さらに、イラクの主権引き渡しから数週間しか経っていないのに、なぜイラク人自身ではなく、ペンタゴンがこうした決定を下すのか? 実際、イラク駐留の仕事から足を洗う手始めとして、治安維持の責任をイラク人に任せるというアメリカの全般的な戦略的目標に、真っ向から対立するものだ。

 また、契約は過去に問題が判明している「コスト上乗せ」の取り決めを繰り返している。この種の取り引きでは実質的に金を使えば使うほど会社の利益は増大するため、悪用と不効率の温床となっている(ハリバートンに渦巻く超過請求の非難で明らかなとおりだ)。ビジネス界における最良の慣行と比較できるところは全くない。アダム・スミスが自由市場について書いた議論と、まさしくあらゆる点で対立しているからだ。

 最後に、契約の効率を高める通常のメカニズム──経験と評判に応じて、会社を選択し、報償を与え、あるいは罰するなど──は再び省略された。これほど大きな契約ならば、長年にわたる営業実績のある会社や、こうした役割かイラク現地での大規模な活動の経験を有した会社に行くはずだと、普通なら思うだろう。だが実際には、イージスは創業1年にも満たないうえに、セキュリティの連携業務ではなく、主に海賊退治活動をしていた。さらにイラクで大きな契約を結んだことは今まで一度もなかった。(イージスは、国務省が作成したイラクでの推薦セキュリティ会社リストにすら含まれていない。)

 イージスのCEOであるティム・スパイサーは元イギリス軍将校で、民間の兵士業に転じた。彼の回想録は『型破りの兵士』("Unorthodox Soldier"ISBN:1840183497)と題されている。1998年のサンドライン事件での役割によって、スパイサーの悪名はイギリスで広まった。彼の設立した会社[サンドライン]が国連の武器禁輸措置に違反して、シエラレオネに30トンの武器を輸送したのだ。英外相ロビン・クックはこの件でのスパイサーの顧客を「死んだセルビア人のパスポートを使って旅行している、タイの銀行から横領を行った容疑でカナダから送還待ちのインド人ビジネスマン」だと説明している。スパイサーがマスコミに対し、この任務では英政府の奨励を受けていると語ると、ブレア政権は危うく崩壊するところだった。

 スパイサー氏は1997年のパプア・ニューギニアの軍反乱でも、重要な役割を果たしている。スパイサー氏が反乱鎮圧を条件に3600万ドルの契約をしたと知って怒ったニューギニア軍は、反乱軍ではなく政府を倒し、スパイサー氏を牢屋送りにした。*4。

 イラクの契約を取り仕切っている人々に、こうした経緯の知識がなかったとは信じがたいように思える。だが、民間軍事契約の責任が政府内の奇妙としか言いようのない各部署へ分散されているやり方を考慮してみると、実際それが事実のようだ。(思い起こしてほしい。アブグレイブ刑務所の民間委託の軍尋問官は、アリゾナにある内務省の部局が監督したコンピュータ業務契約を通してそもそも雇われたのだ。)イージスの契約は、ヴァージニア州フォートユースティスの軍輸送司令部(Army transportation command)が結んだ。民間軍事産業を扱った経験はないであろう部局だ。

 民主主義と資本主義システムの力は、自己修正と自己改善に存すると考えられている。間違いを起こしたときは、過ちを繰り返さないように教訓を学ぶのだと。しかし、こと民間軍事業界においては、政府は何事も学ばないよう最大限の努力をしているようだ。政府は、より良いビジネスの基本的教訓だけではなく、賢い公共政策の教訓まで無視することを繰り返している。

Nation Builders and Low Bidders in Iraq

他にティム・スパイサーは赤道ギニアのクーデター未遂(参照)にも関与した疑いが持たれている(The Observer)。サイモン・マンとスパイサーは友人。

*1:2004年4月に業務を停止している。参照

*2:このサイト。ビデオはすでに削除されている。

*3:"the men on the ground who are the heart and soul of the company"