"Can't Win with Them, Can't Go to War without Them"

このあいだのブラックウォーターの事件に関して、『戦争請負会社』著者のピーター・ウォレン・シンガーのレポート。サマリーから一部引用すると──


The use of private military contractors appears to have harmed, rather than helped the counterinsurgency efforts of the U.S. mission in Iraq. Even worse, it has created a dependency syndrome on the private marketplace that not merely creates critical vulnerabilities, but shows all the signs of the last downward spirals of an addiction. If we judge by what has happened in Iraq, when it comes to private military contractors and counterinsurgency, the U.S. has locked itself into a vicious cycle. It can’t win with them, but can’t go to war without them.
前者*1は前からたびたび言われている話だが、後ろのほうは理路がよくわからない。あとで読んで追記する。
しかしシンガー先生は偉いな。

Over the last years, I have received multiple offers to profit by joining firm boards or to consult for investors interested in the industry. I declined all of these in order to maintain my independence. In turn, I have also received two death threats, three assault threats, and two threats of lawsuits from companies.
当然ながらシンガーにはPMFの役員や顧問にならないかと申し出があったが、彼は断っているとのこと。また、脅迫や訴訟の脅しなども受けているそうだ。

要約

イラクにおける米軍の活動は、初期の極度に混乱した状態から、対反乱作戦*2の実施へと移行してきた。
対反乱作戦において、いわゆる「ハーツ・アンド・マインズの獲得」が最重要の目的となり、敵を軍事的に打倒することはそのごくごく小さい部分しか占めていない。地域社会の再建、住民の安全維持、地元政府の正統性の後押し、正規軍の訓練などがより重要な課題となる。*3フォース・プロテクションと住民の安全維持のあいだには本質的な緊張があるうえ、対反乱作戦には軍隊の本能に逆らう面もあるが、米軍はリスクを引き受ける方向でイラクにおける作戦を遂行しようとしている。
しかしながら、PMFの活動はこうした対反乱作戦全体とは統合されていない。各省、各契約毎に、ROEは異なっており、監査プログラムの内容についても大きな差がみられる。
例えば、PMFの典型的活動として、今回のブラックウォーターの場合のような連邦政府職員の護送がある。契約ベースで業務を行っているPMFにとって、こうして任務では顧客の安全を守るのが第一となる。対反乱作戦のことを考慮していたら顧客は死亡しました、では話にならない。顧客(と自分)の危険を減らすのが合理的行動になる。そしてたいていは、威圧的かつアグレッシヴに振る舞うことが、護衛・護送任務を履行するうえで、安全を増大させる最良の手段だ。*4
ブラックウォーターはPMFのなかでもカウボーイ風の態度を鼻にかけており、もっとも攻撃的な組織といえる。だが上述の理由から、今回のような事件はブラックウォーターというとりわけ攻撃的なPMFの逸脱行動というよりも、ずっと本質的なものであるといえる。護送のさい、猛スピードで移動し、クラクションを鳴らし、場合によっては威嚇射撃をして、一般車両や住民を寄せ付けずにおき、銃撃や自動車爆弾による攻撃の可能性を減らすのは、理に適ったことである。そして、威嚇に反応できなかったか、パニックにおちいったかして、近づいてきたり、脇に避けなかった人間や車を撃つということも十分起こりうるだろう。*5
さらに、PMFの人員が裁かれる可能性が実質的にはないことも、この種の行動の誘因となっている。軍事域外管轄権法が適用されうるという主張もある(ただこのような状況を想定した法ではない)し、2006年秋に統一軍事裁判法が改定され、その法の下で民間の契約社員が裁かれる可能性が出てきた(ただし国防総省の被雇用者のみ)が、行政機関は乗り気薄であり、ガイドラインは定まらず、実際にPMFの社員が裁かれたことはない。
イラク人にとってPMFと米軍は必ずしも区別された存在ではない。PMFのこうした行動はアメリカの占領のもっとも目に付く側面として、イラク市民の怨嗟の的となり、対反乱作戦の妨げとなっている。
また、イラク政府は、PMFを直接的には裁けないうえ(CPAが与えた免責権のため)、米軍にPMFの行動を抑えるように要請してもまったく効果がないことに相当の怒りを募らせてきており、なかでもブラックウォーターとは一触即発の関係にあった。2006年のクリスマスのパーティーで、ブラックウォーターの社員がイラク副大統領の護衛を酔って射殺した事件*6や、内務省職員やイラク警察とブラックウォーターが銃撃戦を行った件などがあるからだ。今回イラク政府が対決姿勢をとったのには、政治的便宜主義という面もあるだろうが、ついに我慢の限界に達したというほうが正しいだろう。
さらに、米軍の将校も自分たちと同じルール、同じ責任で動いていないPMFにたびたび不満を表明している。また、米軍の作戦全体に及ぼす悪影響についても懸念を抱いている。
* * * * *
PMFイラク侵攻に必要な兵力と、政治的に動員できる兵力の差を埋めるために使われた。イラク侵攻に数十万の兵力が必要だと陸軍将軍のエリック・シンセキが証言したとき、ラムズフェルドとウルフォウィッツは的外れだと切り捨てた。現実問題として、例えば30〜40万の兵力が必要だということになれば、イラク侵攻が認められただろうか。当初の計画の13万5千人で侵攻を成し遂げるのにPMFの存在は重要な役割を果たした。
加えて、軍の増派は議会や世論で激しい議論の対象になるが、PMFの増派には政治的コストがかからないという利点もある。弥縫策としての民間会社の利用はイラク占領が長引くとともに拡大された。
イラクにおける民間会社の利用状況について公式のまとまったデータは公開されていない。Private Security Company Association of Iraqの試算では、2006年の時点で48000人以上の民間セキュリティ会社の人間がイラクで勤務しているという。また、情報公開法により取得された2007年の国防総省の内部調査によれば、同省が雇用している民間契約者は13万人である。加えてUSAIDは約5万人のイラク人を雇用している。*7
さらに、PMFを含む民間会社の社員はすでに約1000人イラクで死亡し、13000人が負傷しているが、一般に米軍の死者数には含まれていない。米軍兵の死者数は戦争に対するアメリカ人の態度にもっとも直接的な影響を与える。PMFを使えば、死者数増加のインパクトを軽減できる。
こうしてPMFは戦争遂行の必要不可欠な部分を担うようになったが、PMFの抱える諸問題について真剣な議論はこれまでなされてこなかった。イラク戦争の転換点となる出来事において、PMFは重要な──ときには決定的な──役割を演じてきたにもかかわらず、である。
まず2004年のファルージャがある。現地の海兵隊は慎重な対応を考慮していたが、ブラックウォーターの社員4人が同地で殺害されたことですべて破算になった。明確な行動が必要だとみなしたワシントンはファルージャ攻撃を決定した。大規模な戦闘の結果、多数の民間人が死亡し、ファルージャは以後1年にわたって反乱の中心地となった。海兵隊ファルージャでのブラックウォーターの活動について知らず、連携も取れていなかった。
また、アブグレイブでも通訳の100%、尋問者の最大50%が民間会社の社員であり(それぞれタイタン、CACI)、確証された虐待の36%に関係していた。だが結局、今にいたるまで1人も訴追されていない。
そして今回の民間人銃撃事件である。アメリカ政府は増派終了前にイラクの国民和解という政治的目標を達成すべく、イラク政府に圧力をかける最善の方法を考えていた矢先だった。9月16日の20分間の銃撃戦によってこの政策は棚上げにされ、ワシントンはイラク政府との関係修復に追われることになった。
こうした例は氷山の一角であり、全体としてみれば、対反乱作戦におけるPMFの役割について真剣な再検討が迫られてしかるべきである。PMFの社員の法的地位を確定する、命令系統や責任の所在を明確にする、現状非常にゆるい形でしかなされていない監査やマネジメントのプログラムを立ち上げる、などは当然必要だろう。
根本的には、そもそも軍のどこまでを民間に委託すべきなのかという問題がある。兵站の相当部分、連邦職員(国務省、CIA)の大半の護衛など、ミッションクリティカルかつ、極度に予測不可能で慎重な対応が要求される対反乱作戦での任務を民間に委託すべきなのか?
だがこれまでのところ、PMFにまつわる諸問題が真剣に検討されたことはない。PMFなしにイラク戦争を継続していくのは不可能なのだから、厳しい調査や再検討で利用を制限することはできないという態度が見受けられる。シンガーはこうした態度を"addiction"と評している。PMFは難しい政治的選択を回避するために使われたため、抜け出しがたい悪循環に陥り、レポートのタイトルにあるように"Can't Win With Them, Can't Go To War Without Them"というべき状況になっている。

*1:契約単位のPMFの活動がイラクにおける米軍全体のcounterinsurgencyの目標と相反すること。

*2:counterinsurgencyの一般的な訳語だが、もとの語の内容を伝えているとはいいがたい。かといって適切な訳語を考えるのも難しい。

*3:アメリカはこうした当たり前の認識に到達するのに驚くほど時間がかかった。"Counterinsurgency Field Manual"ISBN:0226841510、陸軍は対反乱作戦を戦う準備ができていなかったと著者の1人ジョン・ネイグルは認めている。

*4:要人警護という観点のみでみれば、ブラックウォーターは最優秀のPMFである。顧客が任務の最中に死亡したことは(おそらく)一度もない。

*5:言うまでもないが、合理的だから良いということではない。PMFの側をデモナイズする必要はないということ。

*6:社員は解雇されたが、訴追されていない。

*7:L.A. Timesの記事Christian Miller, “Private Contractors Outnumber U.S. Troops in Iraq"参照。