フィリップ・ナイトリー『戦争報道の内幕』ISBN:412204409X

クリミア戦争における従軍記者の誕生からヴェトナム戦争までの、120年間にわたる戦争報道の歴史を膨大な資料を渉猟し検証した力作。
ある意味では従軍記者と戦争報道の敗北の歴史である。従軍記者は「国益」──それゆえ自国の戦争遂行努力を妨げるような報道を避ける──と、真実を伝えるという報道の理念との対立に直面した。そうしたさい、記者はしばしば譲歩し、圧力に屈し、戦場を去り、場合によっては喜んで政府のプロパガンダの片棒を担いだ。無理のないことだった。政府側は従軍記者の生殺与奪の権を握っていたし、政府発表をいちいち事実や観察と突き合わせるのも途方もない労力を要した。また戦争の真実自体が気持ちのいいものではなかったし、愛国心という感情もやはり強い吸引力を有していた。こうして、報道と宣伝は分けがたく一体を成すことになった。
いきおいナイトリーの記述も「あの戦争に関してこうした神話が築きあげられたが、実は……」「非常に重要な事実だったにもかかわらず、報道されなかった〜について……」のような暴露的内容が多数を占める。このへん軍事史に詳しくない自分には有益だった。特に二大戦のロシア関係。……ロシアとは絶対戦争したくないなあ。
また折々に登場する著名作家の報道・宣伝活動も面白い。H・G・ウェルズの対ドイツ宣伝(「フランケンシュタイン・ドイツ」)。スペイン内戦にさいし、教条的共産主義者のような口を聞きドス=パソスと絶交するヘミングウェイ。一方イデオロギーに曇ることのなかったジョージ・オーウェルの水晶の精神*1。狂熱的ドイツ憎悪を記事にぶちまけたイリヤ・エレンブルグ(『トラストDE』)。
しかしこの本の主人公は、上述したような困難を乗り越えて素晴らしい報道をなしとげたジャーナリストたちだろう。
極貧の生活を続けながら日露戦争の報道を行ったルイージ・バルジーニ。ロシア革命を伝えたただ2人の記者、ジョン・リード(『世界をゆるがした十日間』)とモーガン・フィリップ・プライス。ロシア革命についてまともな報道をしたのはこの2人とアーサー・ランサム*2だけだった。枢軸側のイタリア人にも関わらず、ワルシャワ・ゲットーの虐殺、レニングラード攻略などについて正確かつ分析的な報道を行った特派員クルツィオ・マラパルテ。広島原爆の恐ろしい結果について独占報道を行ったウィルフレッド・バーチェット*3。ジャングルで数々の疫病に罹患しながら、対日戦について優秀な報道をし、朝鮮戦争の取材中に爆死したイアン・モリソン。朝鮮戦争の無意味な殺戮と人種差別的色彩を批判したレジナルド・トンプソン。ヴェトナムについては名を挙げるには多すぎる。写真集『ヴェトナム株式会社』でヴェトナム市民に戦争が与える影響を活写したカメラマンのフィリップ・ジョーンズ・グリフィス、ヴェトナムについての最高のルポの1つ『ディスパッチズ』を書いたマイケル・ハー*4を特に挙げておく。

*1:しかし『カタロニア讃歌』って生前600部しか売れなかったのか……。

*2:有名な児童文学作家と同一人物。

*3:暗いニュースリンクにくわしい。バーチェットはこの後朝鮮戦争でも北朝鮮=中国側に随行して優れた報道を行った。

*4:のちに『地獄の黙示録』、『フルメタル・ジャケット』の脚本の一部を担当している。