概観

第1部は戦争における射撃率の低さについての驚くべき報告。第二次大戦後、アメリカ軍に対する面接調査により、ライフル銃兵の15〜20%しか実際に敵に向かって発砲していない事実が判明した。今まで見落とされてきたこの発見を受け、南北戦争以降の戦争に対し様々な方法で追跡調査がなされた。結果、過去の戦争における銃撃戦でも同様の事態が結論され、研究と対策が急務となった。その後新しい理論とそれに基づいた訓練法によって(後述)、朝鮮戦争では発砲率55%に上昇、ベトナムでは90〜95%まで達した。
第2部では精神的戦闘被害の原因を探る。これまで一般に負傷や死の恐怖が主な心的外傷の要因と考えられてきており、その他激しい疲労、戦争の惨状が原因として挙げられてきた。だがグロスマンは〈殺人の重圧〉──敵を直接殺さなくてはならないという不安、また実際に手を下すこと──と〈憎悪の風〉──個人的かつ直接的な殺意・憎悪にさらされる──が決定的に重要なのではないかと考える。そして戦略爆撃が敵の士気に十分な影響を与えない事実や戦闘の状況別事例を挙げ自説を補強する。
第3部は殺人と距離の関係。物理的距離が離れ、殺害の手段が間接的になるほど〈殺人の重圧〉が減少し、殺人は容易になり、精神的な障害を受ける確率も低くなる。精神的被害については、犠牲者の側にも同様の比例関係があると言える。
第4部は殺人に対する抵抗感を下げる様々な方法の考察。ここに第3部の物理的距離を加味し、いわばひとつの〈殺人方程式〉を構築する。

  • 権威者の要求(ミルグラムの実験から──詳細はここを参照)
    • 権威者の権威と要求の正統性
    • 権威者が現場に存在するか
    • 権威者に対して殺人者の持つ敬意の度合い
  • 集団免責
    • 同胞への義務感
    • 集団による匿名性と責任の分散
    • チャリオット・ファランクス・大砲・機関銃など組扱いの武器(クルーサーヴド・ウェポン)
  • 心理的距離
    • 文化的距離──人種的・民族的違いなどを強調、グック・クラウトなどの蔑称
    • 倫理的距離──倫理的優越と制裁/復讐の正統性を信じること
    • 社会的距離──ある社会階級を人間以下と見なすこと
    • 機械的距離──テレビ画面、熱線映像装置、暗視装置などの機械的緩衝物の介在
  • 物理的距離
  • 犠牲者の条件
    • 戦略の適切性──手段と機会
    • 犠牲者の適切性と殺害の有利性──動機
  • 殺人者の攻撃的素因
    • オペラント条件付け──実際の戦闘に近似したシミュレーション型の訓練とフィードバックと褒賞による行動の強化
    • 復讐
    • 2%の攻撃的精神病質者

部の最後でミライ村の虐殺を例に取り、上の要因を当てはめ分析している。
第5部は非戦闘員への虐殺行為について、残虐行為の様々な短期的利益(テロリズムによる恐怖、上掲した心理的距離の強制的確立、残虐行為を犯した集団の結束など)と最終的に支払うことになる代償を論じる。
第6部は殺人を犯した後の反応の諸段階について。キューブラー=ロスの有名な死の研究に倣って、殺人前後の基本的な反応段階を定める。1.殺人に対する不安 2,実際の殺人 3,高揚感 4,自責 5,合理化と受容。いくつかの段階で固着が発生する場合もあり、合理化と受容に失敗すれば、PTSDを招くことになる。
第7部は今までの部の議論を踏まえて、ベトナム戦争での事例に当てはめている。まず「自国の兵士に対する心理戦」ということで、脱感作(感受性を弱め、無化すること)や条件付けなど様々な方法が駆使され、殺人への抵抗を低下させた。だが一方でベトナム戦争は第6部で述べた合理化と受容のプロセスに失敗し、帰還兵のうち40万から150万人とも言われるPTSD患者を出す結果になった。この原因についても他の戦争と比較し詳述している。
第8部は唐突にアメリカ国内の暴力の増加について、主に3つの心理学的プロセスに大きな原因を求める。暴力的映像メディアによる古典的条件付け、TVゲーム(特にガンシューティング)によるオペラント条件付け、社会的学習における代理役割モデルの模倣がその3つである。