感想

つまりまとめれば、人間にはある種の状況で殺人を避ける強い傾向と、実際に殺人を犯した場合に精神的外傷を負う高い可能性がある。それらの状況の詳細な条件と、そうした殺人に対する抵抗感を乗り越えさせて、トラウマを被る危険を避けるために取るべき方法を論じた本といえる。
それで、次々明かされる事実によって先入観を打破されていく部分と、兵士の物語る戦場での逸話は実にすばらしいんだが、その原因や具体的な提言になると途端に古くささと説教臭さを露呈する。例えば第一部の結論部、射撃率の低さの原因を探る部分、

戦場におけるタナトスの存在と顕在化は明らかであり、これについては多くのことが語られてきた。しかし、ほとんどの人間のうちに、タナトスよりも強力な衝動があるとしたらどうだろうか。すべての人間は分かちがたく相互に依存しあっており、一部を傷つけることは全体を傷つけることだと理解する力が、個々の人間のうちに本能的に備わっているとしたら。

いや、そんなこと言われても……。こんな感じで使われてる道具立てが大分古めかしいんだな。心理学の理論的枠組みはフロイト+行動主義だもの(つうかそんな組み合わせアリか?)。95年出版だとはとても思えない。だいたい各部の終わりの章はこんな感じの道徳的説教で終わる。
それにやはり8部のアメリカの犯罪とメディアの影響を扱った部分は唐突だ。いや、「ゲーム脳」などのように馬鹿馬鹿しさがすぐにわかる暴論というわけでもないんだが、この議論を最後の50ページで片づけるのはどう考えても無理だ。*1それに今までの部のふんだんな引用に較べて、この第8部ではすでに結論は出てるといった調子で今まで展開した自説を駆け足で当てはめるだけなので、説得力が弱い。いくつか面白そうな研究はあったので*2、そのへんをしっかり展開して欲しかった。それに単純な疑問として、古典的条件付けってそんな緩い条件で効果があるものなのか?
あと引用文献のリストがないことも問題だ。原著にはあるのかも知れない。でも、どこまでがグロスマンの説でどこからが他人の説の引用か地の文でもわかりにくいので、ひょっとしたら原著にもついてないのかも。この本ではじめて名前を聞く面白そうな本が沢山引用されてるのに、引用元がわからないのは痛い。
まあ結局文句ばっかり書いたが、戦争に関して次々と驚くべき事実が呈示され興奮するし、引用される兵士の談話は最高だ。しっかりした理論を求めたら肩すかしを喰らうけど、上2つ目当てで読めば最後まで楽しく読める(説教はとばせ)。

*1:次著の"Stop Teaching Our Kids to Kill: A Call to Action Against TV, Movie and Video Game Violence"で詳細に論じてるのだろうか。

*2:カナダの僻地の孤立した共同体にテレビが導入されたときの影響、75年に南アフリカで英語のテレビ放送が許可されたときの影響の研究など。