イラク研究グループ公式報告書、要旨の翻訳

イラク研究グループ(Iraq Study Group)の公式報告書が発表された。本文は全96ページ。大きく「現状評価」と「勧告」に分かれている。勧告は79点ある。一応ざっとは読んだ。

「現状評価」はよい出来で、有用。相当悲観的な内容を包み隠すことなく書いている。一方、「勧告」のほうは希望的観測が目立つように思う。2008年初頭の駐留兵力削減へ向けて、無理矢理なスケジュールを組んでいるところもある*1。あとで内容をもう少し検討するかもしれないが、ブッシュ政権の反応を見ると、個人的にはこの報告が重要視される見込みはあまりないと考えている。国外アプローチについては完全に無視されるのではないか。
要旨(Executive Summary)は訳したが、漠然としすぎて面白みはない。ともあれ掲載しておく。

The Iraq Study Group Report: Executive Summary


 イラクの情況は危機的であり、悪化している。成功を保証しうる道はないが、見通しの改善は可能である。
 この報告書では、イラク、合衆国、地域一帯で採用すべき行動の勧告を多数提出している。最も重要な勧告が要求するのは、イラクと地域一帯における外交的・政治的努力の新規開始と強化、そして責任あるかたちで合衆国がイランから軍隊を移動することを可能にする、イラク駐留米軍の主要任務の変更である。この2つの勧告は同程度に重要であり、お互いに補強しあうと考えている。両者が効果的に実現され、イラク政府が国民和解へと前進すれば、イラク国民はより良い将来の機会を得、テロリズムは打撃を受け、世界の重要地域の安定は高まり、アメリカの威信、利益、価値は守られるだろう。
 イラクに存在する諸難題は複雑である。暴力の範囲と致死性は増大している。スンニ派アラブ人の反乱、シーア派民兵と殺戮部隊(death squads)、アルカイダ、拡大する犯罪組織によって、暴力は煽り立てられている。宗派間の抗争は安定へ向けた主要な課題である。イラク国民は民主的に選出された政府を有しているが、イラク政府は国民和解を十分に推進しておらず、基本的安全を提供していないうえに、必要不可欠な公的サービスも実現していない。ペシミズムが全体に広がっている。
 状況が悪化し続けるなら、その帰結は厳しいものになる。無秩序への転落がイラク政府の崩壊と人道的カタストロフの引き金を引きかねない。近隣諸国が介入するかもしれない。スンニ派シーア派の衝突は拡大しうる。アルカイダプロパガンダにおいて勝利を収め、作戦基盤を拡大するかもしれない。合衆国の世界における地位は低下しうる。アメリカ国民のさらなる二極化が進行しかねない。
 過去9ヶ月間、われわれは前進に向けたアプローチの全範囲を考慮した。どれも欠点がある。われわれの勧告する路線には短所があるが、イラクと中東一帯での成果に建設的影響を及ぼす最良の戦略と戦術が含まれていると、われわれは固く信じている。

国外アプローチ

 イラク近隣諸国の政策と行動は、イラクの安定と繁栄に大きな影響を及ぼしている。長期的にいえば、イラクの無秩序から利益を得る周辺国はない。だが、イラクの近隣諸国は、イラクの安定獲得に対し十分な支援を行っていない。いくつかの国は安定を損なう活動をしている。

 合衆国は新しい外交攻勢を直ちに開始し、イラクとその一帯の安定について国際的なコンセンサスを築くべきである。この外交努力には、イラクの無秩序化を避けることに利害を持つすべての国を加えなければならない。これにはイラクの近隣諸国すべてが含まれる。イラクの近隣諸国と地域内外の主要各国は支援グループを形成し、イラク国内の安全保障と国民和解を補強すべきである。安全保障と国民和解のどちらについても、イラクは独力で達成することはできない。

 イランとシリアが持つイラク国内の出来事に影響を及ぼす能力と、イラクの無秩序化を避けたいという利害を考慮すると、合衆国は両国との建設的関与に努めるべきである。両国の行動に影響を与えようとするにあたって、合衆国には利用可能なディスインセンティブ(行動を抑制させる要素)とインセンティブがある。イランは、イラクへ流れる武器とせき止めて[民兵などへの]訓練をやめ、イラクの主権と領土の一体性を尊重し、イラクシーア派への影響力を行使して国民和解を促進しなければならない。イランの核開発問題については、国連安保理常任理事国5ヶ国とドイツが引き続き交渉すべきである。シリアはイラクとの国境を管理し、イラクを出入りする資金、反抗勢力、テロリストの流れを食い止めなければならない。

 アラブ-イスラエル紛争と地域の不安定要因に直接対処しないかぎり、合衆国は中東でその目的を達成できない。アラブ-イスラエル間の全局面について、包括的和平へ向けた一新された継続的なコミットメントが合衆国には必要である。全局面とは、レバノン、シリア、そしてイスラエルパレスチナの二国家構想へのブッシュ大統領が2002年7月に表明したコミットメントを指す。このコミットメントには、イスラエルレバノンパレスチナ人(イスラエル生存権を認める場合のみ)、シリアとの直接交渉、交渉仲介、多国間交渉を含む必要がある。

 合衆国によるイラクと中東へのアプローチが進行するのに応じて、合衆国はアフガニスタンに政治的、経済的、軍事的な追加支援を提供しなければならない。これにはイラクから戦闘部隊が転出することによって利用可能になるはずのリソースを含む。

国内アプローチ

 イラクの将来に関して最も重要な問題は、今やイラク国民の肩にかかっている。合衆国はイラクでの役割を調整し、イラク国民が自らの運命をコントロールするよう自信を持たせるべきだ。

 イラク政府は、イラク軍部隊の数と質を高めることによって、イラクの安全保障について責任を負うことを加速すべきである。この過程が進行するあいだにも、その過程を促進するために、合衆国は戦闘部隊を含めた兵員数の著しい増大を計り、イラク軍部隊に埋め込み、支援を行うべきである。これらの活動が進行すれば、合衆国の戦闘部隊はイラクから転出を開始できる。

 イラクでの米軍の主要任務は、イラク軍の支援へと転換すべきであり、イラク軍は戦闘作戦の主要な責任を引き継ぐ。現地の安全状況が予想外に展開しなければ、2008年の最初の四半期までには、フォース・プロテクションに不必要な全戦闘部隊はイラクから転出できるはずだ。この時期になったら、イラクに駐留する米軍は、イラク軍に埋め込まれた部隊、緊急対応・特殊作戦チーム、訓練、装備、助言、フォース・プロテクション、捜索と救出以外の任務には展開しない。情報活動と支援活動は継続する。上述の緊急対応・特殊作戦チームの最重要任務は、イラクアルカイダに対する攻撃の実行である。

 とりわけ安全保障面の責任を実行するにあたってだが、これからしばらくのあいだ、イラク政府が合衆国からの支援を必要とすることは明らかである。だが、計画済みの再展開を含めた計画を実行することを、合衆国はイラク政府に対し明確にすべきである。たとえ、計画にある変更をイラク政府が実行できていなくとも、である。イラクに展開されている多数の米軍を維持するといった無制限のコミットメントを、合衆国はしてはならない。

 再展開の進行に応じた形で、合衆国に帰国した部隊の訓練と教育に軍首脳は重点を置き、完全な戦闘能力を取り戻させる。装備が合衆国に戻ってきたら、議会は十分な資金を割り当て、以後5年以内に装備を修復する。

 合衆国はイラク指導者層と緊密に協同し、国民和解、安全保障、統治について明確な目標──言いかえれば、マイルストーン──を達成するための支援を行うべきである。奇跡は期待できないが、イラク国民にはなんらかの行動と進歩を期待する権利がある。イラク政府は自国の市民に対し──そして、合衆国やその他の国の市民に──政府が継続した支援に値すると示さなければならない。ヌーリ・マリキ首相は、合衆国と協議しながら、イラクにとって不可欠な一群のマイルストーンを提案している。首相のリストは良い出発点になるが、政府を強化し、イラク国民を益するようなマイルストーンを加えて、リストを拡充する必要がある。ブッシュ大統領と国家安全保障チームは、イラクの指導者層と緊密かつ頻繁なコンタクトを維持し、はっきりしたメッセージを伝えるべきである。マイルストーンの達成へ向けて実質的な進歩を遂げるために、イラク政府はただちに行動しなくてはならない、というメッセージだ。

 もし、イラク政府が国民和解、安全保障、統治について、マイルストーンとなる達成へ向けて政治的意志を表明し、実質的な進歩をしているならば、イラク治安部隊への訓練、援護、支援を継続し、政治的、軍事的、経済的支援を継続する意向を合衆国は明らかにすべきである。もし、イラク政府が国民和解、安全保障、統治について、マイルストーンとなる達成へ向けて実質的な進歩をしていないなら、合衆国はイラク政府への政治的、軍事的、経済的支援を減らすべきである。

 報告書は、その他いくつかの領域でも勧告を提示している。イラクの刑法体制、イラクのオイルセクター、合衆国によるイラク復興活動、合衆国の予算プロセス、連邦政府職員の訓練、合衆国の情報能力についての改良案が勧告には含まれている。

結論

 イラク研究グループの全員一致した意見として、これらの勧告は合衆国がイラクと中東地域で前進するための新しい方法を提示している。勧告は包括的であり、連携させて実現する必要がある。分割したり、相互の連携なしで実行すべきではない。地域の力学は、イラク国内の出来事と同じぐらいイラクにとって重要である。

 気力を挫くような課題である。困難な日々が待ち受けているだろう。だが、この新しい方法を前に推し進めることにより、イラク、中東地域、アメリカ合衆国は、より強力になって現れてくることができる。

*1:例えば、要旨で言及されている“マイルストーン”の日程(p62)など。6ヶ月で民兵の解体が可能だと思っているのだろうか。