アーサー・ネスレン「警報を鳴らせ」(追記あり)

第二次レバノン戦争の失敗以降、イスラエルオルメルト政権の支持率は地に落ちていた。大統領、首相、閣僚、将軍らが汚職や犯罪で告発や捜査の対象になっていることも、この不人気に拍車を掛けた。世論調査オルメルトカディマや国防相アミール・ペレツの労働党は大幅に支持を失う一方、リクードイスラエル・ベイテヌなどの右〜極右派*1が相当の支持を獲得した。首相にふさわしい人物としてベンヤミン・ネタニヤフ(リクード)が1位、アヴィグドール・リーベルマン(イスラエル・ベイテヌ)が2位となった。こうした状況下にあって、近いうちにオルメルトが何か手を打つことが予想されたが……
ということで、以下の記事を訳してみた。ウリ・アヴネリの"Ehud von Olmert"、ギデオン・レヴィの"Lieberman to Power"も面白かったが、以下のが読んだ中では一番目配りが効いていると思ったので。ちょっとロシア人差別も感じないではないけど、実際ロシア移民がイスラエルのこれからの鍵を握っているとは思う。
アーサー・ネスレンはフリーランスユダヤ人ジャーナリスト。アルジャジーラの元ロンドン通信員。著書に"Occupied Minds:A journey through the Israeli psyche"ASIN:0745323650


警報を鳴らせ
 By アーサー・ネスレ
 October 25, 2006 04:01 PM

 イスラエルの左派も右派も、待ち続けていた瞬間だった。アヴィグドール・リーベルマンの党イスラエル・ベイテヌ(わが家イスラエル)が権力の地位へ昇ったことが、茶番劇開始の合図となった。「勝利」、「裏切り者」、「いつもの政治取引」、「ファシズム」の叫びがイスラエルの政治的砂漠に花開いた。

 リーベルマンの極右の仲間からあがった「裏切り者」との金切り声はまあ予想通りだったが、ヴェテラン平和活動家ウリ・アヴネリによる「ファシズム」の警告は、ずっと重大だ。これは[ガザ]撤退前に出されたグッシュ・エムニムについての最後の警告、あるいはその数ヶ月後のイスラエル軍将校についての警告と同じぐらいの期間、左派のあいだで回し読みされるだろう。実際、バラド党の党首アズミ・ビシャラはすでにアヴネリの呼びかけに応じている。

 リーベルマンの党の権威主義と人種差別、とりわけ「トランスファー」──イスラエルからアラブ人を民族浄化することの婉曲語──の鳴り物入りのレトリックは、たしかにぎょっとさせられる。しかし、イスラエルではこうした綱領は何も先例がないわけではない。

 1948年、イスラエル初代首相ダヴィド・ベングリオンは(イスラエル国民が独立戦争パレスチナ人がナクバ[大災厄]と呼ぶ出来事の最中に)、750,000人以上のパレスチナ人の追放を統轄した。彼らを強制的に逃亡させ、続いて土地を収奪することなしには、イスラエルという国は現在のかたちでは建国できなかった。この理由から、パレスチナ人の帰還権の否定はいまだイスラエル主流政治における一種のリトマス試験とみなされている。

 リーベルマンに関して最も気がかりなところは、彼のアイデアイスラエルの政治連続体の別次元にあるというわけではなく、多くの点でど真ん中に近いということだ。250,000人のパレスチナイスラエル市民が現在住むウム・アルファハム周辺の「三角地帯」のトランスファーの提案は、年一度の政策立案討論としてイスラエルで最も声望高いヘルツリヤ会議の席で、2000年末はじめてマスコミの脚光を浴びた。

 2004年2月、当時の首相アリエル・シャロンが再びアイデアを提起した。国際法の事実上の違反であるとしてアメリカ政府から反対されたと言われ、計画は第一面からは引っこめられたが、後ろの論説面には残った。

 2005年12月、前モサド長官で政府外交政策顧問、ヘルツリヤ会議を組織する政策戦略研究所の現所長であるウジ・アラドは、『ニュー・リパブリック』に寄せた記事でこのアイデアを甦らせた。

 今年の7月のロンドン訪問時に、現首相エフード・オルメルトはさらに歩を進めた。オルメルトは、ヨーロッパの人々は歴史的経験から「領土は交換されるし、時には住民の移動も起こる。平和的解決にとってより良い状況を作るために、領土の調整も成される」と知っていると発言した。

 「なんらかの形式で、なんらかの方法で、終わりまでには、あそこでもやる手段を考えなければならない」とオルメルトはつけ加えた。

 それなら、なぜリーベルマンの“勝利”に大騒ぎすることがあるのか? 新聞ハアレツの昨日の論説は警告とともに仄めかしている。リーベルマンの「イラン大統領のような人間とのみ較べられうるほどの自制の欠如と乱暴な発言は、地域全体に災厄をもたらしかねない」というのだ。

 テヘラン、アスワン・ダム、そして(もはやそれほど印象的ではないが)ベイルートを爆撃すると脅したこともあるリーベルマンは、戦略的脅威相(minister for strategic threats)という新設の閣僚の地位を与えられた、イスラエル政治では、これは「イラン戦争計画相」(もしくはガザ)と解釈される。彼の任命は、オルメルトが政治的生き残りを確保しようとする必死の動きであるのは明らかだが、この任命は戦争へ向けた繊細さを欠く外交駆け引き、それどころか準備段階であるとも解釈しうる。

 しかし、ペルシアで暴れるためだけに、クネセト、ワシントン、国連をリーベルマンが意のままにするだろうとは誰も言っていない。もし、現段階でイラン空爆が決定されるとすると、リーベルマンは事を動かす大物というよりは責任を被らされるB級のカモ役のほうが近いようだ。

 ロシア移民の入植者であり、プーチン大統領と中国の人民解放軍を同じぐらいの熱意で賞賛するリーベルマンは、イスラエルの政治エリートとしてはアウトサイダーである。リーベルマンは、AIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)の巡回訪問先にも入れてもらえないに違いない。

 イスラエルの約100万人のロシア語話者──イスラエル人口の約20%──が彼の支持基盤を成していることは、このコミュニティの不安定さと新しいユダヤ人移民の同化プロセスを反映している。

 イスラエルのロシア出身者は自分たちをチェーホフドストエフスキーの国から来た頑張り屋だと見ているが、通俗的ステレオタイプでは、ロシア出身者は攻撃的な飲んだくれで、視野は原始的であり、おおかたユダヤ人ですらないものと描かれている。実際のところ、イスラエルにいるロシア語話者の最大で半数は、ユダヤ人の母親のもとに生まれたか、ユダヤ教に改宗したという意味でのユダヤ人ではない。これが理由で、彼らはこの国では結婚できない。

 旧ソ連では、ユダヤ系ロシア人は科学者、医師、音楽家として名高かったが、“オリム・ハダシム”(新移民)として低賃金の非熟練職、たいていは警備員に就くことを多くの場合余儀なくされている。リーベルマンは同じ境遇の人間として彼らにアピールしている。ソ連リーベルマンはキャスターとして働いていたが、イスラエルに移住して最初の仕事はディスコのバウンサーだった。

 大半の政治家とは違い歯に衣着せぬ話し方のため、リーベルマンが民事婚の導入を支持し、新移民への経済的援助を拡大導入すると約束すれば、信用される。リーベルマンがアラブ人には妥協しないと約束すると、イスラエル社会での境遇が不安定な住民のあいだにその言葉は鳴り渡る。

 繰り返すが、これには何もユニークなところはない。イスラエルへ次々と押し寄せる移民の波のそれぞれは、人種差別と暴力を通してイスラエル人らしさを証明する必要があった。ホロコーストの生き残りは最も情け容赦のない戦士として1948年に名を成した。ミズラヒ(つまりアラブ系)ユダヤ人は最も恐ろしいアラブ差別主義者だった。おとなしいとされたユダヤ教伝統派教会は、銃を振り回す前哨入植地の偏屈者として名をあげた。そして今日、ロシア人とエチオピア人が同じ道筋をたどっているのだ。

 では、リーベルマンの浮上は、このサイトの他の人々が主張するように、イスラエルのいつもの政治取引の一例に過ぎないのだろうか? いや、そうとも言えない。

 イスラエルの人種差別はナクバの否定に基礎づけられているといえるが、“対テロ戦争”開始以来、行動に対する外部からの抑制と均衡が棚上げさせられたため、ナクバの否定に基づいた行動の自由は拡大した。今では、イスラエルがガザのビーチで一般市民を殺すと、国際的な制裁はその犠牲者たちに課される。レバノン戦争犯罪を行うと、アメリカは緊急軍事支援に駆けつける。

 このような環境では、右派の反動がこの国に広がっていく度合いに際限はないかのようにときおり感じられる。アヴネリとビシャラが警告を発するのは正しい。

 例えば、アラブ人差別は現在伝染病的レベルに達しつつある。今年の早い時期に行われた世論調査で、3分の2以上のユダヤイスラエル人はアラブ人と同じ建物に住むのを拒否し、半分はアラブ人を自分の家に入れないと答えた。調査対象者のうち41%が娯楽施設の隔離を望み、18%がアラビア語の会話を聞くと憎悪を感じるといい、40%がイスラエルは「アラブ市民の国外移住を支援」すべきだと考えている。

 抑えがたいアヴィグドール・リーベルマンの浮上──現在イスラエルで2番目に人気のある首相候補である──は、人種差別にお墨付きを与えるというよりは、人種差別という現実の次に何が起こるかを表している。外の世界のリベラルが、この傷つけられた土地で何が起こっているか気付く助けになれば、リーベルマンは恩恵を施したという事になるかも知れない。パレスチナ人に、国際社会に──そしてイスラエルユダヤ人に対して。

 一方で、もしリーベルマンが唱道する権威主義と大衆的人種差別の混合物がイスラエル社会で暴れ回ることを許すなら、多くの人が予想するより地域一帯への帰結は劇的になりうる。──褐色シャツを着たロシア人がヤッファの通りを行進するかどうかはわからないが。

記事に書かれていないことで補足──

  • リーベルマンはハマスと会ったアラブ系イスラエル人のクネセト議員を処刑しろと迫ったことがある。ナチに協力したフランス人(コラボ)と同じだという理屈。
  • リーベルマンが内閣入りしたのは今回が初めてではない。シャロン内閣にも入閣している。
  • アミール・ペレツと労働党リーベルマンと連立など組めないとか何とか言いながら、結局残った。労働党のOfir Pines-Paz内相が抗議して辞めた。
  • リーベルマンのお気に入りの選挙スローガンは「ダー、イスラエル!」。2006年の選挙では「ニェット、ニェット、ダー!」のスローガンが使われた。「(オルメルトに)ノー、(ネタニヤフに)ノー、(リーベルマンに)イエス!」の意。

*1:イスラエル・ベイテヌはヨーロッパ基準では極右だろう。イスラエル政治で左右の分類はあまり意味を成さないが。