ウォーターボーディング?

アメリカでは「対テロ戦争」の拘束者の取り扱いと裁判に関する法案が上院で可決された(参照)。この法案の帰結は正直まだよくわからない。habeas corpus請求権の制限など、裁判に関連する部分のほうが議論を呼んでいる。また、法案の改正に努めた共和党のマケイン上院議員は、ウォーターボーディングなどの苛酷な尋問は不可能になったというが、その点は明確ではないとの声もある。どちらかというと今までに行った強化尋問や特別引き渡しを正当化する意味合いが強いのかもしれない。
いわゆる強化尋問(enhanced interrogation)では6つのテクニックが用いられた。そのうちの5つは「腹部を平手で打つ」、「水を飲ませて裸で立たせる」など一読してわかる内容だったが、よくわからないのがウォーターボーディングというものだった。


6.ウォーター・ボーディング:囚人は傾斜のついたボードの上に縛られ、足はあげられ、頭は足より低い位置におかれる。セロファンが囚人の顔に巻かれ、その上に水が注がれる。これにより不可避的に催吐反射が起って、溺死するのではないかという恐怖が沸き上がり、この処置をやめてくれるようほとんどすぐに懇願する結果となる。
正直に言って、それほど大したことないんじゃないか……と自分は考えていた。
トゥオル・スレン博物館の写真から判断すると、クメール・ルージュの考えは違うようだ。

拷問は有効か?

ところで、たとえ道徳的判断を抜きにしても、そもそも拷問で引き出した情報はどれほど役に立つのかという実際的な疑問がある。情報が役にも立たないなら、"Ticking Bomb situation"*1のようなアクロバットな議論は、そう、単なる知的アクロバットにすぎないわけだ。
この点にかんしては、FBIの捜査官やCIAの元エージェントたちからも疑問があがっている。拷問を受ける者は苦痛を終わらせるために拷問者の望みどおりどんなことでも言うからである。FBIはもっと長い時間をかけ、対象とのあいだに個人的な関係を築いていく手法が有効であると考えている。拷問はクメール・ルージュが目的としたように、「告白」を引き出すのには使えるだろう。「おまえは共産主義者のスパイか?」「米帝の手先か?」「魔女か?」のような質問に首を肯かせる目的には役に立つ。だが、それを基に行動できるような信頼性のある情報を引き出せるかについては疑問が残るという。
実際すでに惨憺たる失敗例がある。アルカイダの幹部Ibn al Shaykh al Libiの事例である。Al Libiは上述のウォーターボーディングを含む一連の「強化尋問」を適用され、アルカイダのメンバーがイラクで爆弾製作や化学兵器使用の訓練を受けていると「告白」した。この情報はイラクアルカイダの繋がりを示す最重要の論拠の1つとして、米政府高官に繰り返し使用された。だが、この告白はまったくのでまかせであり、イラクアルカイダに繋がりは無かった。2004年2月に出されたCIAの報告書では、Al Libiは告白を撤回したと述べられている。
 ただ、Al Libiの事例は情報機関の失敗というよりも、もっと深いレベルの問題かもしれない。米上院情報特別委員会の報告によれば、国防情報局(DIA)は2002年2月の段階でal Libiの情報に詳細が欠けている点を指摘、信頼性は低いと評価している。それどころか、al Libiはアメリカにイラクを攻撃させるため、尋問者をミスリードしようとしている可能性すら考慮されている。だが、2003年にDIAも作成段階で協力したCIAの報告書では、そうした評価は考慮されず、al Libbiの情報は信頼できると書かれている。理由は不明である。

*1:「爆弾がカチカチ鳴って爆発寸前」みたいな、一般市民の命が多数懸かっている状況では拷問も正当化されうるという議論。