"What to Do in Iraq: A Roundtable"

Foreign AffairsのJuly/August 2006号に"What to Do in Iraq: A Roundtable"という興味深い記事が掲載された。4+1人の専門家がこれからイラクアメリカは何をすべきかを論じた討論会である。以下は議論の要約。

"Seeing Baghdad, Thinking Saigon"

まず、どの議論もStephen Biddleの"Seeing Baghdad, Thinking Saigon"を叩き台にして進められているので、まずこの論文を簡単に要約する。

数々の失敗を経たあと、現在のイラク政策をめぐる議論はヴェトナム戦争のアナロジーで語られるようになった。戦争賛成派は、ヴェトナムで学んだ対ゲリラ戦戦略その他をイラクでも適用すべきだと論ずる。反戦派は、アメリカはイラク人の「ハーツ・アンド・マインズの獲得」に失敗したのだから、撤退すべきだと結論する。

ヴェトナムアナロジーはとりわけ軍事戦略で顕著である。ちょうどヴェトナム戦争で治安維持や国防の仕事をアメリカ軍中心から徐々に南ヴェトナム軍に移譲していったように、イラクでもイラク軍やイラク警察の訓練に全力を注ぐべきであると論じられている。この戦略をヴェトナム化("Vietnamization")にならって、イラク化("Iraqization"あるいは"Iraqification")と名づけている者もいる。

だがBiddleによれば、イラクの現在の情勢を考慮するとヴェトナムとの平行関係は維持できず、それゆえ単純な「イラク化」ではうまくいかない。ヴェトナムは基本的には「ナショナリストの反乱」だった。それゆえ、政治・経済・安全保障面で南ベトナム政府の正当性を高めることで、ヴェトナムの一般国民のゲリラ支持を掘り崩すことが理論的には可能だった。

だが、セクト間の対立が激化している現今のイラクは「ナショナリストの反乱」ではなく「コミュニティ間の内戦」の兆候を示している。現在のイラク情勢を評価する適切なアナロジーは、ヴェトナムではなく旧ユーゴ内戦である。

こうした状況下で、イラク軍・警察を単純に強化するのは火に油を注ぐ結果になりかねないとBiddleは続ける。訓練された国防組織は果たして「イラク」のために働くのだろうか? それとも各セクトの利益を追求するのだろうか? イラク軍・警察のスンニ派シーア派クルド人の割合について米軍の公式発表はないが、シーア派クルド人が多数を占めていることはいくつかの事例からうかがえる。いや、実際はどうであるにせよ、スンニ派はそう認識しているだろうし、その認識が重要だ。こうした状況でいたずらにイラク軍・警察に力を与えれば、各セクトの相互不信と恐怖を増大させ、対立を激化させるだけだとBiddleは結論する。

改善策について。国防組織に占めるスンニ派の割合を単に増やすだけではおそらく逆効果である。各セクトをバランスよく配分した統合部隊を作ろうとすれば、効果的な協力体制を築けず、イラク軍・警察の弱体化を招くだろう。しかしイラク軍をセクトごとに分割するわけにも当然いかない。また米軍が撤退しても状況は安定に向かうとは考えられない。問題はイラク人の「ハーツ・アンド・マインズの獲得」ではなく、各コミュニティの安全保障であり、米軍が撤退すれば各セクトに妥協が成立するわけではない。米軍の拘束が取り払われれば、イラクは全面的な内戦に向かっていくと考えるのが自然だ。コミュニティの安全保障・治安維持に米軍がもっと積極的な役割を果たすべきだとの意見もあるが、それを行うには兵力が明らかに不足している。

Biddleの案では、各勢力のパワーバランスの維持を米軍はもっと明確に追求するべきだという。各勢力のバランスを取らなければ、たとえパワー・シェアリングの協定が政治的に結ばれたとしても、その安定を保証できないだろう。治安維持には十分ではないが、米軍は通常兵力ではイラク内で明らかに最強であり、この力をてこにして各勢力(特にシーア派)から妥協を引き出すよう努めなければならない。一方では、交渉に応じなければ、クルド人シーア派と全面攻撃を仕掛けるとスンニ派を脅す。他方で、クルド人シーア派に対しては、妥協を受け入れなくては時期尚早の撤退、あるいはスンニ派を軍事的に援護すると脅す。

"What to Do in Iraq"

次に討論会のほうの要約。
まず、討論会全体のトーンについて。全論者が一致しているのは、イラクのこれからの展開について多かれ少なかれ悲観的に見ており、アメリカはこれに漸減するコミットメントとリソースで対処していかなくてはならないという認識である。
各論者はBiddleの分析に同意し、イラクは低強度のセクト間紛争から内戦に向かっているが、単純な“イラク化”ではこれに対処できないと認める。つまり現在のブッシュ政権の政策は失敗していると主張する。同時にBiddleの解決案は十分とは言えないことも一致しており、各人がそれぞれ自分の解決策を提示しているが、どれもBiddleの案と同程度に実現不可能にみえる。そして論者の一人などは解決を諦め、損害を最小限に食い止める案を出している。

Larry Diamond

Larry Diamondは、まずBiddleの主張を簡潔にまとめている。


In his trenchant analysis, Stephen Biddle ("Seeing Baghdad, Thinking Saigon," March/April 2006) argues that the escalating violence in Iraq is not a nationalist insurgency, as was the Vietnam War, but rather a "communal civil war" and that it must therefore be addressed by pursuing a strategy different from "Vietnamization": if the United States were simply to turn over responsibility for counterinsurgency to the new Iraqi army and police forces, it would risk inflaming the communal conflict, either by empowering the Shiites and the Kurds to slaughter the Sunnis or by enabling a Trojan horse full of Sunni insurgents to penetrate the multiethnic security forces and undermine them.

Biddle is right in many respects. First, Iraq is already in the midst of a very violent civil conflict, which claims 500 to 1,000 lives or more every month. Second, this internal conflict has become primarily communal in nature; as Biddle writes, it is a fight "about group survival." It pits Sunnis against Shiites, in particular, but also Kurds against Sunnis and, more generally, group against group, with smaller minorities coming under attack on multiple fronts. Third, as Biddle warns, the current moderate-intensity communal war could descend into an all-out conflagration, with a high "risk of mass slaughter." Thus the United States cannot in good conscience withdraw from Iraq abruptly -- and doing so would not even be in the United States' national interest -- because that would remove the last significant barrier to a total conflagration.

だが、Diamondは、Biddleが提示した軍事的てこによって各セクトに圧力をかけるという戦略はうまくいかないだろうと述べる。Biddleはシーア派クルド人と米軍が協同してスンニ派レジスタンスを潰すと脅すことで、スンニ派を交渉テーブルに引き出せるという。だが、スンニ派の多数は自分たちこそがイラクのマジョリティを代表していると考えている。その上、シーア-クルド-米軍連合と全面的な戦闘になれば、周辺のスンニ派アラブ諸国から強力な援助を受けられるとスンニ派反乱者は期待している。後者はおそらく正しい。
スンニ派を援護する、あるいは早期撤退するというシーア派に対する脅しも同様に難しい。UIA(United Iraq Alliance)内の多数、特にムクタダ・サドルのマフディー軍はまさに米軍の撤退を目標としているから、このような脅しに動じない。また、シーア派政党は自分たちがアメリカのイラク政策の欠くことのできない要素だと(正しくも)認識しているから、スンニ派を援護するという脅しをブラフだと考える。スンニ派を援護するという脅しを単なるブラフ以上のものにするには、脅しをある程度実行に移すしかないが、これはイラクが内戦へ向かう勢いを増すだけだ。
Diamondは、憲法体制、石油歳入の分配、安全保障という根本的な争点で必要な妥協を得るためのてこをアメリカが持っていないというBiddleの主張は正しいと言う。だが、上っ面だけの戦略的脅しでは必要なてこを呼び出すことができない。おそらく唯一の選択肢は、国際的協力を取り付けて、調停努力を加速させることぐらいだろう。ザルメイ・ハリルザドの政治的調停の努力は続けられるべきである。UN、EUと協力して、必要な段階でアラブ連盟とも連携する。まず、憲法再検討委員会(Constitutional Review Commission)の活動を促進することから始めるべきだ。

James Dobbins

James DobbinsもBiddleの分析に同意し、イラク戦争占領政策は初期は日本とドイツのアナロジー、最近になってヴェトナムのアナロジーで語られているが、最初からボスニアコソボを念頭に置くべきだったのだと言う。最近では、スンニ派の中心地域にいって反乱ゲリラを殺すことではなく安全地帯の確保に努めるべきだと言われる。が、現在の段階からヴェトナム流のpacification、あるいはバルカン流のpeace enforcementをしようにも、兵士の数は圧倒的に不足している。イラクの半分少々の人口の南ヴェトナムにアメリカは50万人を派遣した。面積は合わせてもイラクの5分の1しかないボスニアコソボNATOは10万人を送っている。現在のイラクにいる兵士数ではスンニ派の反乱を鎮圧できないのに、スンニ派よりずっと強力なシーア派クルド人民兵をどう押さえ込むのか。
James Dobbinsは民主化を一時棚上げしてでも、イラクの安定を旗印に周辺諸国の協力を取り付けるしかないという。過去の事例を見ても民族的に分断された社会を繋ぎ止めるには周辺国の協力が不可欠だ。だが、イラク、そして周辺諸国民主化を波及させるというブッシュ政権のドクトリンは、その善し悪しはともかく、周辺諸国にとっては体制転覆を意味する。これでは周辺諸国の協力を取り付けられない。イラクが内戦に陥らないためには、イラク民主化から安定に戦略をシフトして、周辺諸国に協力を訴えるしかない。イラクの安定は周辺諸国の利益にも適っているので、この戦略には見込みがある。

Chaim Kaufmann

Chaim Kaufmannはもっとも悲観的で、暴力のレベルは妥協で解決できる閾を越えたと主張する。現在イラクでは3種類の内戦が起こっている。アメリカ率いる多国籍軍対反政府武装組織の戦いが1つ目。北イラクで起こっているクルド人と他コミュニティ(キルクークを巡るシーア派トルクメン人との対立)の争いが2つ目。そしてイラク中心部での、スンニ派アラブ人とシーア派アラブ人による戦闘が3つ目。3つ目が最も重大な問題だが、先行きは実に暗い。シーア派は強力すぎ、パワーシェアリングをしたいとも、それが必要だとも思わない。各コミュニティのエリートのあいだに信頼関係はほとんどない。誰かに何かを保証できるような機関・組織はイラクに存在しない。暴力と相互不信のレベルは限度を超え、初期段階では可能だった妥協も、今では不可能である。
4月後半にアメリカの報道機関は、先の2ヶ月の死者を3500人としているが、まず間違いなく実際の死者はこれより多い。シーア派民兵シーア派がコントロールする警察の勢力圏にいるスンニ派はもはや安全ではない。スンニ派の自爆攻撃者や暗殺部隊の手が届くところにいるシーア派も同様に安全ではない。そして状況はもっと悪くなる可能性がある。
Kaufmannによれば、Biddleの提案は対立を緩和できない。Biddleの提案はUIAが選挙で得た勝利を手放せと要求するのに等しい。セクト間でパワーシェアリングを強制する試みは戦闘を停止させないだろうし、それどころか加速させるおそれもある。全党参加の統一政府が形成される可能性はあるが、それは機能しないだろう。各党派の要求は調停不可能であり、相互不信はあまりに強すぎる。
結局、民族浄化を伴ったイラクセクト分断は、避けられない。米軍には、このセクト間の暴力によるダメージを最小限に留める道徳的義務と、安全保障上の利益がある。各セクトの支配領域を受け入れて、取り残された国内難民の救出をすること。

Leslie H.Gelb

Leslie H. Gelbによれば、ブッシュには2つのわかりやすい選択があり、どちらも致命的だという。一方は、状況が悪化しようとも、ともかく現状の政策を維持をしながら次の政権に責任をかぶせる。他方は内戦が迫ってようが委細かまわず撤退をし、泥沼にとどまるのをやめる。どちらにせよ、敗北である。
ブッシュ政権イラク戦略には3つの部分がある。1つ目は統一政府を作って、政治的問題を解決しようとする。だが、過去3年間にわたって統一政府を機能させようとしてきたがうまくいってない。最新の政府には7人ものスンニ派閣僚がいるが、安全保障や汚職減少など枢要な問題にほとんど進歩は見られない。2つ目はいわゆる「イラク化」だが、この政策はイラク人自身が戦闘を行うインセンティヴをほとんどあたえていない。3つ目は、ブッシュは勝利を追求していると主張しているが、実際は単に敗北を避けようとしているに過ぎないことだ。4月にNew York Timesに掲載された記事によると、アメリカの外交官と将校のチームは、イラクの3分の1以上の州は深刻か致命的な状況にあると報告した。さらに、イラクの治安部隊はいまだ各セクト民兵が優位を占め、民族浄化も発生していることも報告している。にもかかわらず、ブッシュ政権は経済復興援助を終わらせることを決定し、イラクの民主主義発展のための資金を削減した。
米軍が一定数以上とどまる限り完全な内戦は防げるだろうが、勝利はない。新しい戦略を考えないかぎり最終的に国内の支持が尽きて撤退ということになるだろう。
これを防ぐには、既成事実化しつつあるイラクの分断を認め、連邦化するしかない。クルド人スンニ派アラブ人、シーア派アラブ人地域にイラクを分割し、限定された権限をもつ連邦政府が地域をまとめる。国境警備、外交、石油・天然ガス歳入などの国家的問題は連邦政府が統轄する。各地域には立法、行政の権限を与える。
スンニ派はかつてはイラク全土の支配を取り戻すことを考えていたが、現在の中央集権型のイラクでは永遠にマイノリティに留まると理解し、考えを改めはじめたはずだ。さらに石油・天然ガスクルド人地域(20%)か南部のシーア派地域(80%)に埋蔵されているため、現在の体制では石油歳入をスンニ派が得ることができない。連邦政府が人口比に基づく一定の石油歳入をスンニ派に保証すれば、スンニ派も誘い出されるだろう。
さらに各地域のマイノリティ・女性保護の度合いに比例して、各地方政府に対するアメリカの援助額を決めることにより、人権保護のインセンティヴを高める。そしてイラクの主権を周辺諸国に尊重させるために、熱心な外交を展開し、不可侵条約を結ばせる必要もあるだろう。トルコ、サウジアラビアクウェート、イラン、どの国にもイラクで内戦が勃発するのを防ぎたいはずだ。もちろん簡単な仕事ではなく、シニシズムに陥るのは容易いが、類似したメカニズムはボスニアでも有効だったのだから、試みてみなくてはならない。

Biddleの返答、その他

Stephen Biddleは上記4人の主張を受けて返答を寄せている。またこの5人の主張をめぐって、何人かが2回にわたって意見を交わしている(参照)。そこから適当にまとめる。
Biddleによる各セクトの軍事バランス調整案は、多くの論者が言うようにアメリカの政治的能力を超えている。また、スンニ派シーア派と状況次第で協力相手を次々替えることで、単に両方からの信頼を失うだけの結果に終わりかねない。それに、コミュニティ間の敵意を煽るのは簡単だが、暴力を抑えるのははるかに困難な仕事だ。米軍が驚くべき能力を発揮して各派の軍事バランスを調整し、政治的妥協を徐々に引き出したとしよう。だがこの妥協も、どこかのジハディストなり、シーア派の殺戮部隊の不満分子なりが虐殺を行うだけで元の木阿弥である。
DiamondとDobbinsの提案だが、どちらも途方もない外交的手腕を必要とする。ブッシュ政権が備えているとは認めがたい能力である。また、Diamondの提案はEU、国連になにがしかの調停能力があると前提しているが、EUはその気がなく、国連はイラク人に信頼されていないだろう(経済制裁を思い出すこと)。Dobbinsの提案はブッシュ政権の中心的外交政策を放棄しろと命じるもので、政治的自殺であり、したがって現実的ではない。
Kaufmannの提案については、住民を再配置することで実質的に民族浄化を支援しろということだ。これがどれほど倫理的かは措くにしても、キルクークバグダッド、モスルなど各派閥が混在した都市の奪い合いが起こるだろう。
Gelbの提案は、論点先取というか、一番の問題点である石油歳入についての妥協が提案の前提とされている。シーア派はなぜそのような妥協を受け入れると考えるのか不明である。問題を別のもっと難しい問題に置き換えただけのようにみえる。また不可侵条約については、周辺諸国イラクの安定に利害があるとは必ずしも言えないだろう。いくつかの国はイラクの内戦を望んでいるはずだ。
結局、どの提案も欠点があり、銀の弾丸はない。しかし、反戦派が一般に言うように米軍が撤退すると状況が好転する、とも思えない。とりわけ現段階では。