『レッド・スコルピオン』の秘密

Salonの記事が面白すぎたので紹介。やっぱレーガン時代はすげえや。
ジャック・エイブラモフ。共和党保守派に強いパイプを持つロビイスト。現在ネイティヴ・アメリカンのカジノを巡る数千万ドルの詐欺と汚職事件でFBIに拘束されている。エイブラモフと共和党下院院内総務トム・ディレイに関係があったことからこの事件はかなりのスキャンダルになり、ワシントン・ポストなどで大々的に取り上げられている。
このエイブラモフは若い頃ごく短期間だったが映画プロデューサーをしていた。彼がプロデュースした唯一の作品は『レッド・スコルピオン』。1989年公開のドルフ・ラングレン主演のB級アクションだ。ラングレン演じるKGB将校は反共産主義反政府軍を殲滅する任務を帯び、アフリカの小国(アンゴラに酷似している)に送りこまれる。しかし到着したアフリカの地でラングレンはロシア人とキューバ人が現地人に揮う暴力を目の当たりにし、反政府軍側に付いて戦うことを決意する。端的に言えば、レーガン時代を反映した反共ファンタジーである。映画は批評家、観客双方から大した評価を得られなかった。
だが、『レッド・スコルピオン』製作の背景となった事情は映画本編の何倍も印象的だ。

民主主義インターナショナル

まず80年代前期の国際情勢として、アメリカによる世界各地の反共勢力への支援の盛り上がりがある。この政策は1985年2月レーガンの一般教書演説でレーガン・ドクトリンとして明確化されるが、すでに80年代前期から様々な支援が行われていた。その後の劇的な展開によってニカラグアコントラ(イラン・コントラ事件)、アフガニスタンのムジャヒディーンたち(ビン・ラディンアルカイダ)についてはよく知られているが、アンゴラのUNITAに対しての支援は知名度が低い。UNITAはソビエトキューバに支援されたアンゴラ政府を打倒するために結成された組織で、リーダーはジョナス・サビンビという名の「私が出会った中でもっとも明晰でカリスマ的な殺人狂」(米アンゴラ大使の弁)である。
エイブラモフは学生時代から共和党員として活動し、特にこうした反共支援の運動を盛り上げることに熱心だった。エイブラモフは80年代前半に資産家の右翼活動家と知り合い、あるアイデアを売り込む──世界各地でバラバラに活動している反共勢力を集めてコンベンションを開催してはどうか? エイブラモフとこのアイデアを議論していた反共活動家の言葉を借りればこうだ。「レーガン・ドクトリンの核心は共産主義という現象と戦うということで、1つの政権が倒れれば、全部が倒れる」が「アフガン人はニカラグアがどこにあるか知らないし、コントラアンゴラの場所なんて知りやしない」。
驚いたことにコンベンションはすぐさま開催された。民主主義インターナショナル*1と名付けられた集会はアンゴラのジャンバで行われ、UNITAのサビンビのもとにムジャヒディーン、コントララオスの反政府勢力が集結した。反ソビエト協定が調印され、額入りの米独立宣言文が配られた。実際のところ、何か効果があったかも疑わしいが、とにかくエイブラモフはやり遂げた。

南アと『レッド・スコルピオン』

エイブラモフは舞台をロスに移して次の活動に取りかかった。今度は映画で共産主義の悪を食い止めるのだ。ここで『レッド・スコルピオン』が登場する。
エイブラモフはもともと映画をスワジランドで撮影するつもりだったが、土壇場でナミビアに変更された。撮影当時ナミビア南アフリカの一部。米国は反アパルトヘイト法を1986年に可決しており、南アフリカとの取り引きは控えめにいっても褒められたことではなかった。だがエイブラモフはこれをものともせず、南アフリカ国防軍の協力を得て、兵器を撮影に使用したり、兵士をエキストラとして使うなどした。
しかし、エイブラモフと南アフリカ政府の関係は単なるビジネスを超えたものだった。エイブラモフは1986年に国際自由財団(IFF)を設立。「自由企業の原則に基づいた自由で開かれた社会の発展」を目的と謳っていたが、具体的な活動としては「反共の防波堤」である南アフリカ支援がメインだった。IFFは南アフリカ政府と緊密に協力し、ネルソン・マンデラのANCに対する中傷キャンペーンを行う資金として南ア諜報部から毎年150万ドルを受け取っていたのだ。加えて、映画自体に南アの極右派が資金提供しているとも囁かれていた。資金源は不明だが、『レッド・スコルピオン』は無名スターのB級アクションとしては当時破格の1600万ドルを集めていた。
こうした背景を加味すると、『レッド・スコルピオン』のストーリーには時代に合わせた単なるB級アクション以上のものがあったのがわかる。エイブラモフはレーガン・ドクトリンの寓話、共産主義に対する激烈な告発として映画製作を行ったのだ。
だが、映画は惨憺たる失敗に終わった。俳優やクルーに約束の給料を支払うことなく映画会社は売却され、エイブラモフはワシントンに舞い戻った──大きすぎる野心と単純な世界観を変わらず抱いたまま。

*1:正式訳語不明。Democratic International。