パストゥール・ビジムングとジェノサイド後のルワンダ
ジェノサイド後のルワンダ初の大統領となったパストゥール・ビジムング。彼はフツの生まれのRPFメンバーであり、彼の大統領就任はルワンダのフツ/ツチの和解に向けた努力のあらわれとして賞賛された。もっとも、実際の権力はポール・カガメが握っていると目されてはいたが。ポール・カガメは言うまでもなくツチである。
しかし、ビジムングと政府とのあいだの政策上の不一致は徐々に広がっていった。ビジムングはとりわけ、反対派にたいする厳しすぎる締め付けの正当性に疑念をいだく。最終的にビジムングは2000年3月、大統領を辞し、ポール・カガメが後継に就く。
2000年7月、ビジムングは民主新生党(PDR - Party for Democracy and Renewal)を新しく結成した。政府はただちにこの党の活動を禁止し、ビジムングが民族間の対立を煽っていると非難。それから間もなく、ビジムングは逮捕された。
彼は公金横領と「犯罪的結社を結成してジェノサイドの生存者を脅迫・威嚇した」との罪状で2004年7月、有罪となり、懲役15年を宣告された。今月末に上訴審が行われる予定。
ビジムングの逮捕がどの程度正当といえるかは、英語で読めるニュース程度ではよくわからない。しかしながら、現政府の強権的傾向は広く報告されている。*1
純粋に戦略的な観点でいえば、与党RPF*2は現ルワンダの「統一と和解」路線を、反対派の批判の声を抑える目的に使える。現政権への反対者にはルワンダを分離させる意図があるとレッテルを貼るのだ。この分離というレッテルは、ルワンダでは自動的にジェノサイド以前の体制を連想させるので、特にフツには有効となる。
*1:"Troubling Signs Mark Kagame's Path to Unity"の"A Loaded Label"にいくつか例が挙げられている。
連載ルワンダ史
アップした。
(言い方は嫌らしいけども)「啓蒙的」文章を書くって難しいな。この部分にはこれこれこういう異論がある、とか併記したほうが気分的には楽なんだが、そうすると際限なく長くなってしまうし。本によって書いてあることが結構違ったりするんだよな。専門家じゃないから真偽の判断もしかねるぜ。
今はブルンディについて調べているんだが、研究者はたいてい「ルワンダとブルンディの歴史を混同するな」って言う。だけど、どう違うのかは今ひとつはっきりしない。どっちもツチ/フツの区分があるけど、何が異なっているのか? ブルンディにはガンワという名の王族階級があったってぐらいで、他の違いは言葉でまとめられない。
たぶん、牧畜民と農民間の牛を介したパトロン・クライアント関係が集権化につれて階級として固定していった、のような感じなのか? わからん。半遊牧の貧しいバゴグウェ族がツチに分類されたのは単に牛を持ってたというだけの理由なのか? それならいつ分類されたのか? 俺は誰に向かって書いているのか?