自爆テロの戦略的論理(論文へのリンク)
シカゴ大学政治学部の準教授Robert Papeの論文。American Amnesia経由。以下は要約。
自爆テロの発生件数は1980年代に31件、1990年代に104件、2000-2001だけで53件にまで増加。テロそのものの発生件数が減少傾向──1987年に666件、1998年に274件、2001年に348件──にあるのに対して著しい対照をなしている。
従来の研究では主に自爆テロ実行者個々人の動機に目が向けられ、
- 宗教的教義(主にイスラム原理主義)
- 心理学的素因
によって自爆テロを説明しようと試みてきた。
だが──
- イスラム原理主義者以外にも自爆テロを用いる組織がある。実際のところ、1980年から2001年の188件の自爆テロのうち75件はタミル・イーラム解放の虎(Liberation Tigers of Tamil Eelam、以下LTTE)──マルクス・レーニン主義風のイデオロギーを持つ団体──によって実行されている。また、イスラム教徒の自爆テロ実行者の3分の1は世俗的傾向を持つ組織に所属している。
- テロ実行者は「教育を受けていない無職の孤立した10代後半から20代前半の独身男性」であるとする見方が研究者の間で支配的だったが、現在その見方は成り立たなくなっている。テロ実行者は非独身者、高等教育を受けた者、女性、非若年層など多種多様であるためだ。
本論文では「自爆テロは戦略的論理に従っている」という論点を提示する。自爆テロ実行者自身は不合理で狂信的であるかもしれないが、実行を指示したテロ組織は特定の政治的目的を達成するために自爆テロを利用しているのだ。
過去20年間のテロの分類
1980年から2001年までの188件のテロは目的と期間によって16に分けられる。188件のうち散発的といえるのは9件のみで、ほかはまとまった期間内に一定の目的に沿って発生している。
年月 | テロ組織 | 目的 | 件数 | 死者 | 対象の反応 | |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 1983.4-12 | ヒズボラ | 米・仏軍のレバノン撤退 | 6 | 384 | 完全撤退 |
2 | 1983.11-1985.4 | ヒズボラ | イスラエル軍のレバノン撤退 | 6 | 96 | 部分的撤退 |
3 | 1985.7-1986.6 | ヒズボラ | イスラエル軍のレバノン・セキュリティゾーン撤退 | 16 | 179 | 変化なし |
4 | 1990.7-1994.11 | LTTE | スリランカによるタミル人国家の承認 | 14 | 164 | 交渉 |
5 | 1995.4-2000.10 | LTTE | スリランカによるタミル人国家の承認 | 54 | 629 | 変化なし |
6 | 1994.4 | ハマス | イスラエル軍のパレスチナ撤退 | 2 | 15 | ガザからの部分的撤退 |
7 | 1994.10-1995.8 | ハマス | イスラエル軍のパレスチナ撤退 | 7 | 65 | 西岸地区からの部分的撤退 |
8 | 1996.2-8 | ハマス | イスラエルによる暗殺の報復 | 4 | 58 | 変化なし |
9 | 1997.3-9 | ハマス | イスラエル軍のパレスチナ撤退 | 3 | 24 | ハマス指導者の釈放 |
10 | 1996.6-10 | PKK | トルコによるクルド人自治の承認 | 3 | 17 | 変化なし |
11 | 1999.3-8 | PKK | トルコによって収監中の指導者の釈放 | 6 | 0 | 変化なし |
12 | 1996- | アルカイダ | 米軍のアラビア半島撤退 | 5 | 3329 | 進行中 |
13 | 2000- | チェチェン人 | ロシア軍のチェチェン撤退 | 4 | 53 | 進行中 |
14 | 2000- | カシミール人 | インド軍のカシミール撤退 | 3 | 45 | 進行中 |
15 | 2001- | LTTE | スリランカによるタミル人国家の承認 | 6 | 51 | 進行中 |
16 | 2000- | 複数 | イスラエル軍のパレスチナ撤退 | 39 | 177 | 進行中 |
自爆テロの分析
- タイミング:自爆テロの大半は個々の狂信者の散発的で行き当たりばったりの行為ではなく、特定の政治的目的を達成するための組織された一貫性のある活動であり、タイミングも計算されている。(例:1995年春から初夏にかけての、ハマスのイスラエル-PLO交渉中の「休戦」。だがイスラエルの撤退が遅れていると判断されると自爆テロは再開された。)
- ナショナリスト的目標:自爆テロはテロリストが自国民の領土であると見なした地域のコントロール(独立)を得るために行われる。特に外国の軍隊を追放を目的とすることが多い。これは自爆テロが(味方にとっても)かなりリスクの高い行為なので、相応のコミットメントを必要とするため。テロ組織の方法はともかく、目的については住民の広範な支持がある。(例:アルカイダの自爆テロについては反対があっても、アメリカ軍のアラビア半島撤退についてはサウジ住民の95%が賛成。)
- 対象の選択:過去20年の自爆テロ事件はすべて民主主義国家で発生している。一般に民主政体のほうが強圧に弱いというイメージがあるためである。さらに(いくつかの例外を除いて)一般に民主主義国家のほうが激しい報復政策を取る可能性が低いという理由もある。(例:クルド人の自爆テロはイラクではなくトルコを対象としている。ソ連のアフガン侵攻では自爆テロが用いられていない。)
また、Papeは自爆テロの増加はテロ組織が自爆テロが効果があることを学んだためであると主張する。
なぜなら、11の終結した自爆テロ作戦のうち、約半数がテロ組織の目的を達成したといえるからだ。(1)は完全に目的を達し、(2)(6)(7)は領土に関する要求を部分的にせよ飲ませることができた。また、(4)はLTTEがスリランカを交渉テーブルにつかせ、(9)においてハマスは指導者の釈放に成功している。必ずしも自爆テロによる譲歩とはいえない面もあるが、(1)(2)(4)は一般に自爆テロが政策変更の主因となったと認められている。たしかに、テロ組織のこの「成功」には限度があり、重要性において低く、長期的には無に等しいものだが、いくら些少にせよ効果を引き出せた(と考えうる)ことが自爆テロの継続に力を与えている。
だが、テロ組織が自爆テロによってその主要目的を果たしうるとは考えられない。(1)(2)の撤退は対象国家にとって損失の少ない決定だったためであり、その証左としてイスラエルは激しい自爆テロにも関わらず、南レバノンのセキュリティゾーンからは撤退していない。この理屈はスリランカの事例にも当てはまる。