"The Fog of War" ASIN:B0001L3LUE (公式サイト)

DVDでみた。前にも書いたが、リージョン1のDVDも日本語字幕が付けられている*1。また、DVDには30分超の追加シーンがある。ケネディや妻のマーガレットの思い出、第二次大戦でのエピソード、世界銀行での仕事など、使わなかったのがもったいないほどいいシーンも多数。監督は『死神博士の栄光と没落』、"A Thin Blue Line"のエロール・モリス*2。音楽はフィリップ・グラス
作品はマクナマラへのインタビューが大半を占めている。インタビューのさいにエロール・モリス本人が考案したインタートロンという特殊な装置が用いられており、画面のマクナマラの視線はカメラへと真っ直ぐ合わせられることとなる。加えてエロール・モリス側の発言は最小限になるよう編集され、あたかもマクナマラの「告白」を一対一で聞いているような構成になっている。
もちろんインタビューだけではなく、当時のニュース映像や、公文書館のアーカイヴから採られたケネディやジョンソン大統領とマクナマラの会話の録音テープなど貴重な映像・音声資料も要所要所で効果的に用いられている。*3
第二次大戦、東京大空襲、フォードでの日々、国防長官就任、キューバミサイル危機、そしてヴェトナム戦争。生涯の出来事をを振り返りながら、マクナマラは彼の人生の結論を「11の教訓」とともに語る。*4 
「告白」とは書いたが、マクナマラの口から道徳的な意味での謝罪がなされるわけではない。その種の謝罪にもっとも近づくのはルメイと東京大空襲、原爆投下について語ったシーンにおいてだが(「ルメイは“負けたら我々は戦争犯罪人だ”と言った。その通りだ。彼も、そして私も犯罪行為を行ったのだ」)、ほかの場面ではそうした率直さは見られず、エロール・モリスの質問をはぐらかすような返答に終始する。例えば東京大空襲のさい、マクナマラは高々度爆撃では命中精度が低下するという報告書をまとめ、空襲は最終的に低高度焼夷弾爆撃として行われることになった。それに対しマクナマラの答えは──


「私の任務は作戦の分析と効率化だ。ただし、いかに敵を殺すかではなく、いかに効率よく敵を弱体化させるかだ(……)責任を逃れるつもりはないが、私の報告書がルメイの心を動かし、作戦の全面的な変更を決意させたとは思っていない」 

特にマクナマラのはっきりしない態度はヴェトナムに関して顕著だ。彼がヴェトナムについてどう感じているのかは最後まではっきりすることはない。
最終的に印象に残るのはマクナマラの「無知」と盲目さだ。もちろんマクナマラが知的に人類のトップレベルに位置するのは当然として、道徳的にも自己の点検を絶えず行おうとする精神の持ち主と認めた上でだ。実際マクナマラはインタビューにおいて正直に、誠実に答えようとしているという印象を受けたが、だからこそ不可解なのだ。
例えば、1995年元北ヴェトナム外相グエン・コ・タクと話し合ったさいのマクナマラの言葉はこうである。「あの戦争で340万人が死んだ。そこから何を得た? 独立、統一、*5すべて戦争初期の段階で我々が応じる用意のあったものばかりだ」おいおい、その独立と統一こそ、アメリカが望まなかったことじゃないのか? また南ベトナムの軍事クーデターについても、まったくの寝耳に水、これがなきゃ米軍撤退もうまくいってたみたいな口振りだったが、どうなんだ? このクーデター自体アメリカがゴーサインを出したという説もあるし、それが正しくないとしても仏教徒の暴力弾圧を行うなど、ジエム政権を正統な政府として擁立し続けるのは不可能な状態だったろうに。ほかにもハバナ会議でのカストロの回想に対しての反応など、ある種の盲目さを表している発言にはきりがない。
上の疑問のいくつかはインタビューという制約によるものかもしれないし、『回想録』ISBN:4764103834『果てしなき論争』ISBN:4764105233れるのかもしれない。しかし現時点では──マクナマラが魅力的で知的な人物だけに──居心地の悪い、不安な気分を残す。

*1:今調べたら日本でも2月下旬にDVDがでるようだ。

*2:ここのプロフィール("The Fog of War"公式サイトと同様の内容)が面白いので参照のこと。

*3:ただ、監督の癖なのかわからないが、一部で使われているアート風の演出は本作ではあまり効果を発揮していないと思う。

*4:ただ、これはマクナマラ本人が「11の教訓がある!」という形で述べたのではなく、マクナマラの発言から教訓的な一節を抜き出し、それにそってインタビューを編集したもののようだ。DVDにはマクナマラ本人による「10の教訓」が納められているが、こちらは11の教訓と重なる点はあるにせよ、もっと長文で、より具体的な政策提言に近い。ここを参照。

*5:この2語は字幕では訳されていないが。independence, unificationと言っている。