20世紀ヨーロッパの10冊

アメリカ人歴史家で20世紀ヨーロッパが専門のトニー・ジャットが、'Postwar: A History of Europe Since 1945'刊行記念ということで、「20世紀ヨーロッパの10冊」をAmazon.comで選んでいる。
知らない本のほうが多いなあ。やはりジラスとグロスマンが気になる。しかしチトーはジラスをよく殺さずにおいたな……。わけがわからん。
日本語訳が出ているのは──

ぐらいか。ヘダ・コヴァーリは『暗い春』というタイトルで訳書があるが、どうも抄訳らしい。
追記。コメント欄でid:flapjackさんに教えてもらいました。Françis Furet"The Passing of an Illusion"は『20世紀を問う―革命と情念のエクリール』ASIN:4766406362で翻訳されているようです。違う作品でした。このエントリを参照。というか、フュレは相当有名な歴史家で、日本でも訳書がたくさん出ていました。ジャットがフュレとホブズボームを対比しているのは、共産主義の評価をめぐって2人が論争したせいもあるんですね(例えば、ジャットもフュレも出てくるホブズボームが書いた記事)。勉強になりました。
再追記。調べなおしたらカルロ・レーヴィも訳されていました。『キリストはエボリに止りぬ』ASIN:4000027328。しかも映画化までされてる!
ジラスとグロスマンは一応調べたので出ていないと思うが、自信なくなってきた。グロスマンは次作の『万物は流転する』は翻訳されている。

Testament of Youth by Vera Brittain ASIN:0860680355


ヴェラ・ブリテン『青春期の遺言:1900-1925年の自伝的記録』:特権ある上流中産階級の若いイギリス人女性が、戦争と喪失の破壊的な衝撃を綴った胸に迫る記録。「国内戦線(銃後)」の観点からの類を見ない記録であり、70年前の発表当時と変わらず、今も感動を誘う。
第一次大戦勃発時、ブリテンは21歳だった。若い兵士と恋に落ち、看護婦として志願したが、恋人はクリスマス休暇前に死ぬ。10ヶ月後、ブリテンはフランスの前線近くの病院に送られ、塹壕戦の恐怖を直に目撃する。戦争が終わるまでに、彼女はさらに兄弟1人と親友を2人失った。
ブリテン第二次世界大戦のさいには反戦平和主義者として活動した。

Wartime by Milovan Djilas ASIN:0156947129


ミロヴァン・ジラス『戦時』:ジラスはチトーの側に付き、第二次大戦期ユーゴスラビアの血で血を洗うパルチザン戦争に参戦、その後平時に共産主義政権の指導者になったチトーと対立し、反体制を理由に投獄された。現代ユーゴスラビアの悲劇の歴史的背景を掴むための一冊として、ジラスの戦争回顧録を超える本はない。
1941年ナチス・ドイツファシスト・イタリアにユーゴスラビアが敗れると、ユーゴスラビア共産党幹部だったジラスは、チトーを助けパルチザンを組織、モンテネグロ蜂起などを指揮した。1944年にはソヴィエトに赴き、スターリンと交渉している。共産党パルチザンは、セルビアナショナリスト組織チェトニクとの内戦に勝利し、さらにドイツとイタリアを破って、ユーゴスラビア連邦を形成する。
ユーゴスラビア連邦においてチトーが大統領になると、ジラスは副大統領を務め、関係が悪化していたスターリンとの(2度目の)交渉という重責を任されている。この交渉の決裂の結果、ユーゴスラビアソビエトと袂を分かち独自の道を歩むことになり、いくつか制度上の実験もなされた。
だが、ジラスはユーゴスラビアの政治展開に不満をおぼえはじめ、新聞や雑誌に批判的記事を執筆。これが原因となって、ジラスは1954年、党を除名される。1955年には『新しい階級』を出版し、共産主義体制は平等社会ではなく、党の少数メンバーが新しい特権階級と化したと主張。ジラスは逮捕され、禁固9年の刑を宣告される。獄中でミルトン『失楽園』を翻訳。
その後も、ジラスは社会主義者としてとどまったが、精力的に共産主義体制を批判し続けた。チトーの死後、連邦の解体には反対している。ジャーナリストのロバート・カプランとの対話では、以降の内戦の展開を予言した(『バルカンの亡霊たち』ASIN:4871886247)。1995年に亡くなった。息子のアレクサ・ジラスも孤塁を守る異論派。

The Passing of an Illusion by Françis Furet ASIN:0226273415


フランソワ・フュレ『虚妄の消滅:20世紀における共産主義の思想』:20世紀の共産主義思想史という体裁を借り、時代の様々な政治的虚妄を俎上に載せたすばらしいエッセイ。エリック・ホブズボームと同様、フュレにとっても20世紀ヨーロッパの物語は相当部分、共産主義の興亡の物語である。これはホブスボームによれば希望だが、フュレによれば迷妄である。この繊細な本は論争的な歴史記述の1つのモデルだ。

Life and Fate by Vassily Grossman ASIN:1590172019


ワシリー・グロスマン『人生と運命』:ソヴィエトの検閲により禁書とされたワシリー・グロスマンのこの大河小説は、著者の死後数十年経ってようやく出版されている。グロスマンは従軍記者として第二次世界大戦赤軍に同行した。グロスマンによるスターリン体制下の、そして「大祖国戦争」期の生の記録──とりわけスターリングラードにおける叙事詩級の戦いの描写において──は、フィクションとしても、歴史記述としても比類ない。
ここを参照。

The Age of Extremes by Eric J. Hobsbawm ASIN:0679730052


エリック・ホブズボーム『極端な時代:世界史、1914-1991年』:『極端な時代』は20世紀の歴史を扱った単著としては最高の一冊であり、著者のマルクス主義に対する終生の忠誠が光明を投げかけると同時に陰を落としている。同時代の歴史家のなかで天性の才にもっとも恵まれたエリック・ホブズボームは、稀にみる明晰さと優雅さで書く。人を欺くほどのたぐいない何気なさで、莫大な情報の山から本質を引き出し、説明を与える。これは知的な読者のための第一級の歴史だ。

The Trial by Franz Kafka ASIN:0805210407


フランツ・カフカ『審判』:20世紀のもっともオリジナルな作家による最重要作品である『審判』は、心をかき乱す無類のフィクション作品というだけに留まらない。不気味な先見の明は恐ろしいほどで、カフカが死んだ1924年には存在すらしなかった全体主義体制の仕組みについて、不可解な正確さで描写している。

Hitler by Ian Kershaw ASIN:0141886072/ASIN:0141886099


イアン・カーショー『ヒトラー:1889-1936 ヒュブリス』・『ヒトラー:1936-1945 ネメシス』:カーショーによる2巻組のアドルフ・ヒトラーの伝記は、ドイツの独裁者の生涯と行いを余すところなく記録している点で並ぶものがない。だが何よりも、個人の道徳的・政治的責任への注目と、ヒトラーがそれなしでは存在し得なかったコンテクストと状況の把握とのあいだに釣り合いをとる技量において比類ない。この2冊は20世紀でもっとも影響力のあった個人を扱った伝記のなかで断然最良のものだ。

Under a Cruel Star by Heda Kovaly ASIN:0841913773


ヘダ・コヴァーリ『残酷な星の下に:1941-1968のプラハ生活』:チェコユダヤ人の回想録。彼女はアウシュヴィッツを生き延びたが、1952年に共産主義国チェコスロヴァキアでの公開裁判により夫を、1968年にソヴィエトの戦車により祖国を奪われた。弁明がましさも怨恨もなしに、コヴァーリは東ヨーロッパの共産主義の悲劇を明哲に記述しており、唯一無二である。
コヴァーリの夫は有名なスランスキー裁判の共犯として死刑に処せられたルドルフ・マルゴリウス。スランスキー裁判についてはコスタ=ガブラスが映画化している(『告白』)。

Christ Stopped at Eboli by Carlo Levi ASIN:0141183217


カルロ・レーヴィ『キリストはエボリに止まりぬ:ある一年の話』:ムッソリーニによって南イタリアの貧しい高地の村に追放された、トリノ生まれのユダヤ人医師の回想録。今では消え去って取り戻しえない、隔絶し、進歩から取り残された世界をレーヴィは描いている。今日のヨーロッパ人は知り得ず、認識もできない世界である。

Survival in Auschwitz by Primo Levi ASIN:0684826801


プリモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない』:ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅を扱ったあらゆる回顧録、回想録、分析のなかで、プリモ・レーヴィによるこのアウシュヴィッツで彼が過ごした時間の記録こそ、もっとも考え抜かれ、もっとも観察力に富み、そして──地上の地獄を描き出す静然たる精確さにおいて──何にもまして人を打ちのめす。